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shinoのときどき日記


2009年09月24日(Thu)

モーセの立場、わたしはあなたを見捨てない。

モーセは、神という上司と、イスラエルの民という部下に挟まれた、中間管理職の立場で、上司である神から「イスラエルの民をエジプトから脱出させよ」という指令と、脱出させたイスラエルの民から「食べ物も飲み物もない荒れ地にくるくらいだったら、エジプトで奴隷だったころのほうがよかった」という文句の狭間に悩んでいた。

今日、読んだ箇所はエジプトからイスラエルの民を脱出させ、マナを降らせ、シナイ山に入り、十戒を授かり、その掟をイスラエルの民に告げたあとのことである。

イスラエルの民は、十戒をモーセから賜ったときに、「偶像を拝むようなことはしない」と言ったにもかかわらず、モーセがなかなかシナイ山から降りてこないと、女たちの耳につけていた金の飾りものをあつめ、鋳直し、若い雄牛の偶像をつくり、「これがイスラエルの民をエジプトから導き出した」と言って、儀式を行おうとした。

十戒を賜ったときは、それを守ると言った、舌の根もかわかないうちに、それを破ったのである。

神はそれをみてモーセに言う。「イスラエルの民のこころがかたくななのを知った。わたしは怒りによって、この民をほろぼし、モーセを大いなる国民にする」。

モーセは、神に対し、どういう態度をとったか?

アブラハムとの契約(あなたの子孫を繁栄させる)を思い出させ、イスラエルの民を見捨てないように、神に頼むのだ。

もし、わたしがモーセの立場だったら、どうだろう。それまでさんざん、悩まされてきた部下についての悩みを、上司が初めて理解して対応にのりだしてくれるのだ。自分の悩みを理解してくれたうえ、さばいてくれる。さらには重要なポジションまで与えてくれる。喜んでしまうだろう。

なのに、モーセは、できない部下たちを見捨てることなく、上司である神に、とりなすのだ。すごい人だ。

神は本当に怒りにまかせて行動していたら、一瞬にしてイスラエルの民を滅ぼすことはできただろう。なのに、モーセに対して、なぜこのようなことを言ったのだろうか。これはモーセに対する試みである、と、テキストにあった。

このような試みにあって、だめだめな同胞を見捨てないモーセは、重ね重ね、すごい人だと思う。

「わたしはあなたを見捨てない」というのは、聖書に書かれている聖なる姿のひとつの象徴だということがわかる。そのめぐみに預かっていることに感謝。


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