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shinoのときどき日記


2012年10月12日(Fri)

『山は私の学校だった』 今井通子著

1998年、出版されたこの本は、前年出版された旦那様の『ダンプ、山を歩く』の内容を奥様側の視点から書かれた本。

けれど、途中まで、編集者の意図が伝わっていず、登山クラブの男女年齢構成比や活動のあり方の考察、ヒマラヤ登山を通して肌身で感じた温暖化問題、医師として観察した超高所の人体への影響(特に生殖器への影響があり、超高所登山後一年は子作りは避けた方が良いらしい。こどもに障害が出やすいそうだ)などを真剣に語られている。

しかし、なかがきの段階で編集者の意図が伝わり内容は一変する。今井通子さん自身の登山体験、高橋和之氏との出会いやその時の印象、ご両親の飛行機事故の死、娘さんを連れての登山、パラグライダー体験。それぞれのエピソードごとに単行本があるほど中身の濃い話なので、この本は駆け足で語られているけれど、それでも、今井通子さんの人生の中でどんな心境で登山されていたかわかり良かった。

今井さんとダンプさんは、結婚して数年後から、いわゆる奥さんは家庭に旦那さんは働きにという夫婦の形態にさっさと見切りをつけて、それぞれ、自立した働き方と山行や興味ある活動への突っ込みをされていることがよくわかる。ヒマラヤ登山中に大喧嘩して周囲を困らせたり、娘の教育方法を巡って大喧嘩されたりとあったようだけれども、そんな喧嘩を過去の思い出として語れるくらいに、仲がよく、お互いをリスペクトしているご夫妻のようだ。

たくさんの人を山に連れて行くバイタリティと技術のある人でもある。ある時、戦争、戦後と大変な時代を生きその中でヒマラヤに憧れていた方をツアーで連れて行かれたとき、その方は行きの飛行機でヒマラヤにさしかかった時、感動の涙で肝心なヒマラヤが見えないほどだったそうだ。そうしたことに、強く心を打たれ、人を山に連れて行くことにも強い使命を感じたそうだ。本当に山も人も大好きな器の大きな人なんだなぁ、と思った。

ところで、わたしはイモトを登山に引っ張り上げているイッテQ登山部部長の貫田宗男氏も気になる存在なのだが、この本でも随所で登場されている。そして、もしかして、イモトのマッターホルン、これからのヒマラヤは、今井通子さんの壮大なパロディなのではないか?イモトはお笑い芸人として、ものすごいことをやっているのではないかという気がしてきた。登頂したこともあるけれど、何度も敗退もしている今井通子さんのように知恵と勇気も持って、でも、がんばってほしい。

山は私の学校だった (中公文庫)
今井 通子
中央公論新社
¥ 680

Tags: 読書

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