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shinoのときどき日記


2010年09月17日(Fri)

この夏、受けた講義のこと。

この夏のことを少し書いておこう。

とある大学で7日間、西洋中世史と英語学の講義を受講した。 午前中二コマ、午後二コマ、これが日曜日をのぞき、7日間ぶっ通しである。

西洋史は、じつは高校でも現役の大学の頃も受けたことがなく、 話についていけるか不安だったのだが、 先生は、中世のキリスト教異端が専門だそうで、 社会の変動と、その社会のなかでキリスト教がどうあったかを話して下さり、 これは、聖書時代以降、今の時代のキリスト教が、 なんだかすっぽりブラックボックスだった自分にとって、 とても大きな意味のある講義だった。

少しずつ、日記に書き始めているように、 わたしは須賀敦子と高橋たか子という二人のカソリックの女流作家に非常に惹かれているのだけど、 西洋史を理解することは、この二人の作家作品の理解にもつながる。 この講義を受けた後、改めて、二人の作品を読み返しているのだけど、 作中に今まで気づかなかった道(脈といおうか)が見えたりし、 講義の初日に、先生が 「歴史は、古代、中世、近代と、どこかの年やどこかの地域で きっぱりと分断されているわけではなく、 どこかしら、何かしら、受け継がれ、かたちをかえ、つながっているのです」 と、言っていた言葉が何度も思い出される。

英語学は、もしも英語の例文ばかりが沢山出てきて、 辞書と首ったけだったらどうしようか、と、思いつつ、 えいや、と、取ってみたのだけれど、 蓋をあけてみたら、むしろ、言語学というもので、 ソシュールの構造主義にはじまり、チョムスキーの生成文法、 そして、認知言語学や社会言語学という、言語学の流れと、 言語にまつわるさまざまな概念や、 アングロサクソン系の文化と日本文化を比較した価値観の違いを、 日本語で丹念に講義してくださるものだった。

この英語学の講義を受けて、ようやく、わたしは手元にあった テリー・ウィノグラードの「協調活動の設計における言語/行為パースペクティブ」を<読む>ことができた。 ウィノグラードは、最初、人工知能の専門家だったが、 のちに、人間とコンピュータの相互関係の方向、つまり、第3の道へと転向している。 コンピュータやウェブを理解するのにも、 この英語学の講義がとても意味あるものだったと思う。

そして、もう一つ英語学では、学問に対する大切な姿勢を教えてもらった。 先行論文をたくさん読み、どの体系の上に、自分は乗っかるのか。 そこをしっかりしないと、意味はないということ。 わたしはまだ、学んだばかりの学生にありがちな、 「こんなのもある。こんなのもある」と 並べ立てるばかりの力のない者だけれど、 見晴らしのある体系に登りたい。

そんな体系への登山はいつできるのか、一生できないまま終わるのか、まだわからない。 この夏受けた二つの講義で、今まで<読む>ことのできなかったテキストを、 読めるようになったのは、少し体力がついたように感じられたが、 一方で、専門家という方々の、体系に対する取り組みの強さ、激しさ、凄さを実感でき、 自分がいかに不勉強であるか、恥を知った。 恥を知れてよかったと思っている。


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