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shinoのときどき日記


2010年09月01日(Wed)

RubyKaigiでみたこと。

RubyKaigiというRubyに関する集いがあって、昨年、今年と行ってみた。

ここ数年、いろんなところで、ウェブを活用したソーシャルな何かというのを考えることが流行っている。ソーシャルとか書くと新しく聞こえるけれど、人間が集まるというのは、人間の営みとしてすんごく自然なことだから、それがウェブ上に展開するのも自然なこと。そして、Rubyはアーキテクチャそのものだし、RubyKaigiの強みはソーシャルなアーキテクチャを作ることそのものだという認識でいる。その表出がRubyKaigiでRubyKaigiはコンテンツと同時にものすごくアーキテクチャなのです。

うーん。なんか書き出しが難しいな。まぁ、簡単に言うと、RubyKaigiというのは、時代の先っちょの生態系なのです。

今回のRubyKaigiでわたしが見たのは、RubyKaigiの「分散化」の準備だった。いやはや。大変なものを見てしまったよ。こんなの、滅多に見られるものじゃない。

分散化とゆーのは、大きなものがぱんっとたくさんに分割されることでも、散ることでもない。単純に上位層から下位層に意志決定権がゆだねられるということでもない。じゃあ、どういうことなのか、というのは、これからのRubyやRubyKaigiを見ていけば、わかる(はず)。

もう少し。

ずいぶん前にrblgしたものが浮いてきてた。問題点は自ら紙に手で書く -頭の中で考えていることは不明確です-(注:自分が書いたものではない)。

上の文章はそういう意味で、抽象的すぎる。抽象的に書けばかっこいいってもんじゃないだろう!

わたしがRubyKaigiを評価するのは、プログラミングである程度共通化された認識を、逆に、世界に実装・実行しちゃおうという心意気だ。

分散化というのは、『フューチャー・オブ・ワーク』の定義だと、「問題にかかわる者を意思決定に参加させること」*1で、また、組織の発達段階について次のように書かれている*2

  • 「第一段階では、人々は孤立した小集団で活動する。」
  • 「第二段階では、より大きな集団が形成され、意思決定が集中化される。」
  • 「第三段階では、大きな集団は残るが、意思決定は分散化されるのである。」

Ruby自体は、第三段階にあると見えるのだけれど、RubyKaigi自体は今第二段階で、だから余計にジレンマが大きかったように見える。(昨年、今年を見た感想だけれど)。なんせ、プログラマな人たちの集まりだからなぁ…。実装しないと苦しくてしょうがない、気持ち悪くてしょうがない、というのは、本能なんだろうなぁ…。

で、具体的に見えている分散化の主な方向の鍵は"地域"なんだろうなぁ。いや、もっとあるかもしれないけれど。ただ、ウェブ上、コンピュータ上にあるRubyと違って、RubyKaigiは実際に人の集まる物理的な「場」が鍵なので、地域という単位で分散化するのは、要だろう。

(あとで書こうと思ったことはコメントアウトした)

*1 p.24 トーマス・W・マロン 『フューチャー・オブ・ワーク』

*2 p.62 トーマス・W・マロン 『フューチャー・オブ・ワーク』


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