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shinoのときどき日記


2009年11月22日(Sun)

Wikimedia Conference Japan 2009 ~タフであれ~

今日は、Wikipediaを中心としたWikiに関するカンファランスに行ってきました。海外では、Wikipediaユーザを中心としたWikimaniaというイベントがあり、その日本バージョンで、主催はWikipediaユーザのボランティアスタッフ、共催で東大が入るアカデミック&人文&技術が混在したカンファランスでした。

でもって、最初に要約しておくと、今日、一番、教えられたこと、見せつけられたことは「タフであれ!」ということでした。うん。その筋で、一本、わたしから見たWCJ2009についてレポートします。(個々の内容についてはまた後日、整理できたらアップするかも)。あと、このレポートは、セッションのメモや配付資料をもとに書いてはいますが、わたしの認識不足で、理解が間違っているところもあるかも、という点はご了承のうえで、お願いします。

まず、タイムテーブルはこちら。

カンファランスをうたうだけあって、午後は同時並行で6トラックもセッションが繰り広げられ、一体、どういう組み合わせでセッションを見ようか、昼休みまで悩みました。ちょうど、昼ご飯の買い出しにyomoyomoさんとコンビニに出たら、つかもとさんと出会い、「ぼくは技術セッションオンリーで行くから」というので「じゃあ、技術セッションのレポートはつかもとさんにまかせた!」と、それ以外のセッションを聴講しました。

プログラム:KEY-1 - 基調講演1: Helping you build Wikipedia: How the Wikimedia Foundation supports the growth of Wikipedia and our free knowledge projects around the world

基調講演1は、ウィキメディア財団の広報部長のJay Walsh氏によるもの。ウィキメディア財団全体のプロジェクトと各国語の状況を俯瞰したお話でした。英語でのスピーチでしたが、スタッフの方が事前にスライドを和訳したものを資料として配付してくださったり、サブプロジェクタにその和訳スライドが表示されたり、プレゼン資料が今流行のZenスタイルで写真もふんだんに使われてビジュアルに伝わってきて、興味深かったです。(←英語がヒアリングできない、わたしでもなんとか流れに追いつけたように思う。気のせいかもしれないけれど……)。

特に興味深かったのは、各国語のWikipediaの記事を、アクセス数トップ100で、カテゴリごとにまとめたものです。まだ、その資料がネット上にあがっていないので、簡単に説明すると、日本の"pop culture"カテゴリの利用率の異常な高さが際立つものでした。

日本のユーザは80%が"pop culture"カテゴリにアクセスしている。他の国をみても、こんなに"pop culture"ばっかりアクセスしている国はない。表にあげられていた他の国で、日本の次によく"pop culture"を利用しているアメリカ・中国でも、40%。フランス、ドイツ、ロシア、スペインではさらにもっと半分の20%かそれ以下でした。

そして、日本以外の諸外国は"Geography"カテゴリや"Current events"といった他のカテゴリがちゃんと表に出てくるくらいはバランスよく、さまざまな分野でWikipediaが利用されている模様です。

日本語のWikipediaには、"pop culture"の記事しかないのかと、思わず思ってしまうようなグラフでした。(twitterのTLを見ていたら、日本のWikipediaの記事数を見ると、鉄道がもっとも多いのではないかという意見も見られました)。ただ、"pop culture"の定義が十二分にされていなかったので、これだけで日本のネット利用はサブカルオンリー(に近い)と決めつけることはできないのですが、それにしても、ちょっと驚きました。

プログラム:KEY-2 - 基調講演2: 辞書・事典とは何か―その体系性・網羅性・信頼性を求めて―

そのように、基調講演1では、日本のWikipediaの利用の偏りがものすごく強烈に印象づいてしまったのですが、基調講演2では、国立国会図書館館長の長尾真先生から、百科事典はタイトルにあるように、「体系性・網羅性・信頼性」が大切だという話がありました。ある意味、日本Wikipediaユーザに対する挑戦状というか、基調講演1でつまびらかにされた日本のWikipedia利用の偏りが強烈ゆえに、迫ってくるものがありました。

長尾先生からのWikipediaへの課題は次の二点。

  • 網羅性について。Wikipediaに掲載されている用語が、百科事典として全領域にわたり網羅的に存在するかどうか、用語の分野別にクラスタリングを行い、手薄な分野の用語については専門分野の人にボランティアをサジェストするのはどうか。
  • 体系性について。分野内において細かい用語はあるけれど、分野として概観できるような広い概念の単語、見出しレベルの単語もあるとよい。
    • 長尾先生曰く「用語の分野別クラスタリングなどは機械的にできるはず」。

おそらく、良い意味で奮起した方々が多くおられたのではないかと思います。課題を与えられたというだけではなく、長尾先生の講演は、最後に「私の作りたい辞書」というトピックで「仕事を引退したら、趣味でこんな辞書を作りたいんですよ」と、辞書編纂にかける希望を前向きに、えっとですね、失礼ながらご高齢で、お体の線も細くて、どこにそんな大仕事をするエネルギーが?!と思ってしまうのですが、それを超越して、微笑みながら力強く語られる長尾先生のお姿に、「うわっ、自分、三十路だとか、忙しいとか、体力ないし、とか、言ってられない><。」と、自然と思わされてしまいました。

※しかも、懇親会で伺ったところ、長尾先生は今日の講演のために、朝、京都から東京にお越しくださり、講演がおわってすぐ、次の用事のために飛行機でどこかへ参られたとのこと。ものすごいバイタリティー、タフ・ガイです。

プログラム:A-1 - ウィキペディアと「学び」

このセッションはじつを言うと、タイムテーブルを見ただけの段階では、聴講するつもりはなかったのです。同時刻にあったWikileaksの方を聞きたいと思っていたので。が、受付で配布された資料に、登壇者の事前資料や、基調講演直後に各セッションの簡単な紹介にあった、「知」という言葉や「文学部」、「生涯学習」という言葉に、そして、お昼をご一緒したyomoyomoさんの「どうしよう、このセッションもすごく気になる」という言葉に押され!、潜入しました。

結果。どうしよう。すごくやばいくらい良かった。脳みその変な部分、刺激された。

構成は、3人の登壇者による1人30分ずつの発表、その後、モデレータ併せて4名でのディスカッション、最後ちょろっと質疑応答でした。登壇者の3人はいずれも教育に携わっている方で、それぞれ次のようなことをお話されました。

  • 教育の現場にWikipediaを導入した事例紹介(吉川 仁先生)
    • 土木科の大学院生による二泊三日のWikipedia編集合宿の話
  • 人文学の学知と継承(當山日出夫先生)
    • ネットは知の形成を可視化するツールとなり得るのではないか?という思いから、教育現場でWikipediaを学生に利用させる実践・追求を通して、専門知識・教養・百科事典の知識とは何なのか?そもそも「人文学知とは根源的に何なのか?」という問いが残った話
  • 集合知と個人の知を結びつける(三宅なほみ先生)
    • 教育科学・認知科学の現場ではじつは「ひとがいかに学ぶか」「学習過程(プロセス)」はものすごく複雑な作用があって把握しきれてなく、その中でWikipediaを通して学習者コミュニティが作れたら、集合知と個人の知が出会うプロセスが見えるのではないかという予感

特におもしろかったのが、當山先生と三宅先生の考え方の対比です。當山先生は<知>は固定されてこそ継承可能(=教育可能)になるというお考えに対して、三宅先生は<知>は人の数だけ存在し(つまり固定不可?)、まったく同じ<知>はなく、人間同士の建設的相互作用において<知>は深められるというお考えでした。

……。うん。ごめん、まだ、咀嚼しきれてない。三宅先生のお話はすごく興味深くて、今の自分の生活にフィードバックができそうな何かがあって、あぁ、もうちょっとでつかめそうなのに、もどかしい!みたいな。(そして、そのもどかしさの中で、タフであれ!、というような)。

プログラム:A-3 - 紙の百科事典からデジタル百科事典への歩み —— 一出版人からのレポート

元小学館の百科事典編集(&営業)の立場から、その百科事典をデジタル化したもので、どうビジネス展開するかというようなお話を前半されていました。ものすごい苦悩。(後半は席外ししてしまったのでわからないのです)

プログラム:A-4 - 百科事典とコンピュータ文化

A-3セッションで、紙ベースの百科事典のビジネスから、デジタルの百科事典になったときに、ものすごい苦悩があったという話を踏まえての、百科事典とコンピュータ文化の話。そして、Wikipediaの哲学の根底に流れるものが、アメリカのプラグマティズムにあるという話。

  • ブリタニカ百科事典から続いた200年の百科事典の歴史が、1980-1990年代に一度、失われた。
    • 紙の百科事典は、一家に一組という考えから、聖書を模して、分厚い装丁になった
    • 携帯性、保存性(置く場所に困る)という困難から、百科事典は家庭から図書館にあるものと後退した
  • 21世紀に入った2001年にWikipediaが登場し、百科事典が息を吹き返した。
  • Wikipediaの精神は、アメリカのプラグマティズムにある
    • プラグマティズムは鶴見俊輔氏の『アメリカ哲学』から学んだ
    • プラグマティズムは、人間には「絶対」がないことを解く
    • 人間に「絶対」がない(=間違いを犯す存在)のは、当然だというところでとどまるのは、浅はかな考え
    • 人間は「間違える」存在であることを受け止める
    • 人間は間違えるのだから、間違えたら、なおせばよい
    • 「間違え」を犯しつつも、それを良いと思われる方向へ軌道修正する
    • 絶対的に正しいものは、ぽん、と、どこかに置かれているのではなく、
    • 「間違え」た、と、思って、なおそうとする「方向」そのものの中にある
    • 「間違え」に対して、タフであれ。
    • 「わたしたちは、非常に間違えることに対して、繊細だし、臆病だけれども」(!)
ボランティアスタッフのWikipedianの皆様

ボランティアベースでボトムアップで合意形成が難しいなかで、こんな充実したカンファランスの開催にこぎ着けたみなさん、本当にお疲れ様でした。すごいタフネス!脱帽です。

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