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shinoのときどき日記


2012年10月04日(Thu)

学び会、箴言がはじまる。

今日から箴言の学びがはじまった。箴言は、旧約聖書に所収された、31章からなる書で、執筆者は、今でも賢者として有名なソロモンが1章から29章、30章をアグル、31章をレムエルという人が担当している。

賢者として有名なソロモンが、なぜどのように賢者なのかを知るには、やはり旧約聖書を読むのが一番だろう。

…という殊勝なことは思っていなくて、わたしは、「箴言かぁ、なんか、格言でしょ?お小言のようなことが書いてるんじゃないかなぁ。憂鬱…」というへたれな気持ちだった。

今日はその1回目で、まず、ソロモンの背景について学んだ。そこで、意外にもソロモンはただエリートな父のもとに生まれて、ストレートにエリートの道を生きた人ではなかったということがわかった。

ソロモンの父ダビデは、どういう人かというと、かなりはちゃめちゃ王だった。部下の妻が美しいのに目がくらみ、部下を殺してその妻を強奪したり、それ以降もたくさんの妻をつくって、妻同士の諍いもあったし、子ども同士も敵対したりと大変なことになっていた。

だけれど、ダビデは情熱が深くその熱情を神に注いで、数々の詩を書き、今、その詩は詩篇に残されている。そういう人だから、きっとカリスマも強かったのだろう。人間的にとても魅力的だったのだろう。多くのイスラエルの民に愛された王だった。

そんな父親をもったソロモンは、政治的な結婚で、異教の民、エジプトの王の娘と結婚した。

政略結婚はどうしようもないことだけれど、エジプトかイスラエルかと言えば、エジプトの方が圧倒的な力を持つという力関係だった。いつイスラエルがエジプトの強い支配下に置かれても仕方ないような事態。出エジプト記でエジプトから脱出したイスラエルの民が、再び、エジプトの奴隷となりそうな事態。

ソロモンは、エリートであるダビデの跡継ぎとしてイスラエルの民を統治する立場にあり、外からは異文化異教のエジプトが迫ってきているという、内も外も激しいプレッシャーにさらされる事態に陥ってしまった。

そこで、ソロモンは、高いところに祭壇を築いて全焼のいけにえを捧げたり、香を焚いたりという行為に走った。

神が人間に求めることは、この時代、どうなっていたかというと、すでに、全焼のいけにえといったパフォーマンスではなく、その人自身の神を畏れる心や魂、その人自身の最も高価で尊いものを神の前に差し出す行為だということは、アブラハムがイサクを捧げるエピソード、ダビデが残した数々の詩篇よりあきらかになっている。

これは信仰を持たない人にはよくわからない事態かもしれないけれど、自分のアイデンティティが崩壊していくような窮地だ。高いところに祭壇を築いたり、いけにえをささげたり、香を焚いたりと異教的、偶像的なパフォーマンスをすればするほど、神は離れていくだろう。

そんなパフォーマンスをすることは、一個人のアイデンティティの崩壊どころか、イスラエルが内部から決裂し崩壊していくことにつながる、国家存亡の危機とも言える。

そこで、列王記上3章5節、ソロモンの夢の中に、主なる神が登場する。

神はソロモンに次のように言った。

「あなたに何を与えようか。願え」(列王記上3:5)

ソロモンは答えて言った。それは富でも名声でも長寿でもなかった。

「わが神、主よ。あなたは私の父ダビデに代わって、このしもべを王とされました。しかし、私は小さい子どもで、出入りするすべを知りません。 そのうえ、しもべは、あなたの選んだあなたの民の中におります。しかも、彼らはあまりにも多くて、数えることも調べることもできないほど、おびただしい民です。 善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。さおもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか」

神の御心に叶った願いだったので、ソロモンには知恵の心と判断する心が与えられた。(列王記上3:11)

そして、同時に、神様はソロモンに海辺の砂浜のように広い心を与えた(列王記上4:29)

こうしてソロモンは現在ですら、賢者と称えられるような治世者となったのですね。

ソロモンが偶像的パフォーマンスに走ったことを、咎めることなしに、必要なことを問うた神様の心も広いし愛が深い。その問いに、的確に御心に沿った願いを申し出たソロモンもすごい。

はぁ…。わたしは凡人だから、知恵や判断するような心はなくても大丈夫だと思うけれど、本当に本当に、すぐカッとなるような感情にふりまわされる心じゃなくて、海辺の砂浜のように広い心が、欲しいです、神様。箴言の学びをとおして、そのような心を教えてください。

『山を楽しむ 中高年の山歩き』越谷英雄 著

山歩き初心者向けの入門書。装備、地図の読み方、歩き方、山の危険、マナーなどが簡潔でわかりやすい。巻末に登山計画書のフォーマットがある。読んで良かった。

中高年の山歩き―山を楽しむ

ナツメ社
¥ 1,260

Tags: 読書

2012年10月06日(Sat)

竹内洋岳さん、記念報告会

日本人で初めて地球にある8000mの高さのある山、14座を完登した竹内洋岳さんの報告講演会を聞きに行ってきた。

ガッシャーブルムⅡで雪崩にあったときの感情の変化やダウラギリでのパートナー中島さんの存在の大きさが、なまなましく伝わってきた。

ダウラギリでは中島さんは6800mで高山病の症状が出て降りた。(それは、二人で登頂を目指した竹内さんにとっては高度順化の計画ミスで、今回の登頂はその目的においては失敗だったと明言されていた)。

その様子はNHKのグレート・サミットでも放映されていたけど、その撮影に入っていないところで、中島さんは竹内さんに、降りる時に迎えに行きますと約束したそうだ。約束。

竹内さんはGPSをつけて登っていたので、無線連絡のほか、リアルタイムにウェブで登山中の足取りがつかめたのだけれど、登頂する時間も遅く、また夜が来て高所でビバークすることになり、大丈夫なのかやきもきしながらわたしもウェブで動向を見ていた記憶がある。現地にいた人たちは本当に気が気ではなかったかと思う。

今日の講演会では、ふつうだったら引き返す時間でも、サミットプッシュに突っ込んでゆき、ビバークしつつも降りてくることができたのは、中島さんと分かれた時に交わした、迎えに来るという約束があったから、それに支えられたと熱く語られていた。その約束があったから、登頂を果たせたといっても過言ではない感じだった。

下山時、7000mの地点で竹内さんと中島さんが合流する様子は、中島さん撮影の映像(今日まで未公開だったと思う)でも紹介されていたけれど、当事者の撮影で、息づかい、小さなつぶやきまでも拾っていて、竹内さんの姿が見えた時の中島さんの心底安堵した様子が伝わってきた。

感動した。

Tags: 山歩き

2012年10月07日(Sun)

『私の北壁 マッターホルン』 今井通子

9/30に日テレのバラエティ番組『世界の果てまでイッテQ』でイモトアヤコさんという女性の芸人さんがマッターホルンを登った。

バラエティ番組とは思えないくらい本格的で、その前は9月初めにマッターホルンに向けての特訓で、日本で劔岳にも登っていた。

わたしはにわか登山本(山そのものというよりも、山での体験を記した山行という種類の本)のファンなのだけど、ここのところさまざまな登山の本を読んで、登山と一言で言ってもハイキング的な山歩き、垂直に近い岩を登るクライミング、幾つもの山を何日もかけて巡り歩く縦走、積雪のある冬山登山、8000mという超高所の登山と、登山にも種類があることを知った。

イモトが今回挑んだマッターホルンは、この中でクライミング的な岩を登ってゆくタイプの登山だ。標高は4000mを越え富士山よりもずっと高い。劔岳の切り立った岩山の映像も迫力があったけれど、スケールがそれよりも遥かに大きく、イモトは高所恐怖症と言っていたが、途中から高すぎて恐怖がごまかされるくらいだとリポートしていた。そこをガイドについて、岩に取り付いてゆく。迫力のある番組だった。

あまりにも登山を知らないわたしには衝撃で、しばらくイモトのマッターホルンの番組についての言及をウェブでウォッチしていた。その中で、イモトはエベレストを日本人女性で初めて登頂した田部井淳子さんや医者で登山家の今井通子さんの系譜ではないかという発言を目にした。

田部井淳子さんは以前、エベレストものを追っかけていたときに知ったけれど、今井通子さんのお名前は恥ずかしながら初めて知った。

少し検索したところ、今井通子さんはカモシカスポーツの社長の奥さんでもあることを知った。

カモシカスポーツは以前は野毛の外れに店舗を構えていたが、今は横浜日産ビルの1,2Fに店舗がある、登山専門店だ。山をあまり知らないわたしでも知ってる横浜では有名なお店である。

最近、店を冷やかしに行ったら、アイゼンやカムやハーケンなど、本や映像でしか知らなかった山の用具がたくさん並んでいて、手に触れなかったけれど間近にどきどきしながら眺めたり、山関連の書籍コーナーがとても充実していたり、無料でコーヒーを飲みながら山岳雑誌のバックナンバーを閲覧できるコーナー、登山イベントやサークル、保険などのチラシコーナーなど、単に山用品を売るだけでなく、登山というコミュニティを全面的に支える何か、言うなれば無名の質が濃厚に漂う何かがあった。

そんなカモシカスポーツの社長の奥さんで、医者で登山家。どんな人だろう?と思い、出版されているタイトルを眺めてみたら、『今井通子 私の北壁 マッターホルン』が目に飛び込んできたのだ。

この本では、幼少からどのように山に親しんできたのか、山歩きに始まって、だんだんクライミングに傾倒してゆく様子。初めての海外遠征で隊長を務める重責。家族に心配をかけていることの自覚。仲間の死。けれども、困難を克服しても取りついてゆく、山の魅力が、整然と、テクニカルな話あり、岩山の中腹でビバークしながら眺めた月の美しさあり、それぞれ人の想いあり、余すことなく語られていた。

本が初めて記されたのは1968年。わたしが生まれるよりも前に、こんなすばらしい登山の山行を記された女性がいる。登山の世界の奥行きの深さに感嘆した。

今井通子―私の北壁 マッターホルン (人間の記録)
今井 通子
日本図書センター
¥ 1,890

Tags: 読書

2012年10月08日(Mon)

『ダンプ、山を歩く』高橋和之著

1997年に出版されたこの本は、1965年にカモシカスポーツが中野の路地裏の三坪の敷地で開店されたところから始まる。カモシカスポーツの経営者であり登山家でもある高橋和之さんの登山というよりも自伝的な本だった。

女性登山家、今井通子さんの旦那さまで、カモシカスポーツの社長さんだから、とりあえず目を通してみるかというくらいに軽い気持ちで読み始めてみたら、とんでもなく波瀾万丈の自伝で、あっという間に読み終えてしまった。

戦後の混乱期、親は事業を立ち上げるも失敗し、貧乏のどん底で中卒で就職。そんななか、ひょんなきっかけで山に登り、山頂で山好きな人に出会って山にはまる。

初めてお給料を貯めて自分にしては大金を握りしめて、登山用品を買いに行ったら、接客と選ばれた道具に不満が残った。初心者にも優しい登山用品店を作ろうと決意する。

カモシカスポーツは横浜にもあり、わたし自身、先日、足を運んだ時のことを先の日記に書いたけれど、ともかく、山の空気の一部をそのまま持ってきたかのようで、とても居心地の良いお店だった。そのお店の背景にある思想、そして行動がこの本にはギュッと詰まってた。

ヨーロッパのグランド・ジョラス北壁登頂時の結婚式、ローツェやエベレストといったヒマラヤ遠征といった登山人生もあれば、途中からパラグライダーに目覚め、8000m峰のひとつチョー・オユー山頂からは、パラグライダーで飛行して下山したと書かれている。

また、今井通子さんのご両親が飛行機事故で亡くなったときは、山での遭難救助経験から、警察に要請され、現地で邦人の遺体の検証にも携わるという厳しい体験もされたようだ。

そうした驚くような体験もあるけれど、登山用品店の経営者、山岳同人主催者として人脈も広く、今まで、読んできた本の著者のお名前もたくさん目にしたし、芸能人や政界といった華やかな世界とも繋がりがあるようだった。

そもそもわたしがこの本にたどり着いたきっかけのひとつに、イモトのマッターホルンがある。イモトを導いているのが、貫田宗男さんという方なのだが、この本によれば、貫田さんはカモシカスポーツに高校時代から出入りして、ローツェ遠征時は今井通子さんの隊員でもあり、30年越しの付き合いがあるそうだ。何か、今井通子さんからイモトに繋がった気がするのは気のせいだろうか。

高橋和之さんのエベレスト登頂遠征計画はまず一年目にローツェに登る。ローツェはエベレストのすぐ隣で、登山ルートも途中までエベレストと一緒なのだそうだ。それで、少しエベレストのルートに慣れてから、二年目にエベレスト登頂を目指すというものだった。

イモトの次のエベレスト登山計画も二年かけるという。一年目はヒマラヤのどこか8000mの山、二年目にエベレストを狙うと告知されている。もしかして、一年目はローツェだろうか。

過去の話と、今、進行している話が、人を介在して絡まり合い、想像が膨らんでゆく。高橋和之さんの波瀾万丈、そして、サクセスストーリーな自伝から、なんだか不思議な力が湧いてくる気がした。

ダンプ、山を行く ある山男の自画像 (中公文庫)
高橋 和之
中央公論新社
¥ 680

Tags: 読書

『二人のチョモランマ』貫田宗男著

1991年、まだ日本では極地法でのエベレスト遠征登山が根強い時代、会社員登山家だった貫田宗男氏と二上純一氏が二人だけのパーティーでエベレストに挑んだ話である。

二人だけと言っても、現地ではシェルパを雇い、酸素も利用してのスタイルだが、結果として、二上氏は登頂できたもののそのすぐ後、東稜に滑落され行方不明となってしまわれた。

この本は、二上氏の追悼であり、また、残された五人ものこどもたちにお父さんがどういう人で、どんな風に世界最高峰に登ったかを記録して残すために筆を取られたとあとがきにあった。

最初から顛末が記され、ほんのわずかな距離を離れただけで、始めから行動を共にし、互いによく理解しあっていたパートナーが亡くなる話は、初めて読んだように思う。

書かれていることの真相は当人にしかわからないと思う。でも、状況や装備について貫田氏に批判があってもおかしくないことが、フェアに書かれているのではないかと思った。

パートナーを見失った時の描写に胸が痛くなった。

二人のチョモランマ―中年サラリーマン登山隊8848メートルに挑む
貫田 宗男
山と溪谷社
¥ 1,529

Tags: 読書

2012年10月09日(Tue)

『梅里雪山』 小林尚礼著

四川省、ミャンマーに挟まれるようにチベット自治区の東端に位置する梅里雪山は、別名をカワカブという。標高6740m、世界最高峰のエベレスト8848mに比べたら2000mも低い梅里雪山は未踏峰だという。それは、山の難易度ではなく、人々の信仰の山だからだそうだ。

この本は、1991年1月3日に雪崩にあい氷河に押し流された17名の日中合同梅里雪山学術登山隊員の捜索を救助活動後も続けられ、2010年までに16名の遺体を収容された小林尚礼氏の話だ。

しかし、この本で語られているのは痛ましい事故の清算ではなく、登山隊員として頂を踏むことにこそ山があるという価値観から、人間の命を奪う魔であると同時に山麓の村々の命を育む山であり信仰の山であることに価値観が大きく変化し、生まれ変わってゆく話である。

最初は登山の本に良くあるような標高や、B.Cの設営や山頂にむかって伸びてゆくルートが描写される。そこに至る道の途中では、村人たちに酷く威嚇され、山に登ってはならないという警告と敵意を与えられた。

それが、小林氏が何度も遺体捜索に村に通ううちに、老若男女、村人の個性が浮かびあがってくる。もちろん仲良くなって良い人ばかりではない。楽しいつきあいばかりではなく、しばしば、親しくなった村人の死をも間近にする。

また、チベットの山岳信仰には巡礼がある。山の頂を目指すのではなく、山をぐるりと回る行為だ。小林氏は、何度となく巡礼のルートを村人のガイドでたどり、そこで、命の危険を省みず危険な巡礼の道にとりついてゆく人々や、家族連れで赤子を背負ってゆく女や老人をみる。

そんな出会いや光景をみて、そして聖山カワカブの壮大な風景をみて、登るのではなく、人の心のよりどころとして存在する山の価値の尊さに気づいてゆく。

ひとつ。よく登山本では、雪崩にのまれて遭難される事故がでてくるが、雪崩にのまれた後、氷河に入り、何年も時間をかけて、氷河の終わりまで遺体や遺品が流される様子が、この本を読むと感じとしてわかる。

雪崩で埋められて終わりではなく、氷河は凍りついたまま止まっているのではなく、ゆっくりと流れ動いてるのだと、自然の動きの大きさが伝わってきた。

梅里雪山(メイリーシュエシャン)十七人の友を探して (ヤマケイ文庫)
小林尚礼
山と渓谷社
¥ 1,155

Tags: 読書

2012年10月10日(Wed)

大山山歩き 阿夫利神社下社-16丁目-大山山頂-見晴台-二重滝-阿夫利神社下社

本ばかり読んで、山に対して頭でっかちになっていた。なので、山歩きをしようと思った。考え込みながら街を歩いていたら、偶然に会った友達が、「それじゃあ、山に行こう」と言ってくれた。それが9月の下旬。

話はとんとん拍子に進んで、山の靴を買い、等高線のついた山の地図を買い、友達の示してくれたルートを眺め準備をした。ただ、地図には等高線がついているけど、それがどの程度の山なのかは、よくわからなかった。

行った先は大山、標高1252m。伊勢原駅からバスが出て、ケーブルカーの駅にでる。そこからはケーブルカーに乗り換え、山の中腹、標高670m地点に出る。交通機関で高さを稼げるとはいえ、しかし、そこからの道のりがとても厳しかった。

神社脇から始まる登山道は、石がごろごろ、木の根がゴツゴツ。傾斜も急だ。すぐに息があがる。運動不足だし、ここのところとても体重が増えたのだ。自分が重い。

何人もの人に追い抜かされたが、途中、励まされたような、突き落とされたような、微妙なことを見知らぬ人に言われ、登ろうというモチベーションが一気に下がってしまった。もしも一人で登っていたら、きっとそこで下山していたと思う。少し先を行って、なにも言わず待っていてくれた友達には本当に感謝だ。

最近、励ますというのは、がんばれという声かけではなくて、少し先を歩いて、黙って待つことのように思う。先を行きすぎてもいけない。言葉をかけすぎてもいけない。少し前を共に歩くというのが、わたしには一番、効くようだ。

頂上には息も絶え絶えにたどりつき、売店でよく冷えたスポーツドリンクを買って飲んだ時は、ようやく息がつけた思いだった。が、その脇を、幼稚園児の集団が余裕をもって歩いているのだ。驚愕した。自分が登ってきたルートは、とても、幼稚園児たちが余裕であがって来れるルートとは思えない!

お弁当を食べながら、友達と地図を見た。この時、初めて等高線の間隔と道の険しさの感覚がわかった。16丁目経由のルートは等高線の間隔が狭い上に、道が等高線に対して直角に交わっている。これは、道が険しいはずだ。

また、大山山頂にいたるルートで、幼稚園児でも楽に上がれるのは、等高線と等高線の間を這うように続くヤビツ峠からのルートではないかと目星がついた。帰宅してからWebでヤビツ峠から大山のレポートをいくつか確認したら、だいたい予想はあたっていそうだった。

帰路は見晴台経由二重滝を通ってもとのケーブルカーの駅にでたけど、その道は深い森を歩くようで、また、道もよく石が取り除かれ、少し急なところには鎖や梯子が設置され、安心しておしゃべりをしながら愉快に歩くことができた。

いろいろな反省点や力不足な点も具体的に見えた。もし、次回があるならば、活かせるように、少し努力しよう。山はまた来たい。終わってみれば、何もかもが楽しくて仕方ない思い出になってしまった。

Tags: 山歩き

2012年10月12日(Fri)

『山は私の学校だった』 今井通子著

1998年、出版されたこの本は、前年出版された旦那様の『ダンプ、山を歩く』の内容を奥様側の視点から書かれた本。

けれど、途中まで、編集者の意図が伝わっていず、登山クラブの男女年齢構成比や活動のあり方の考察、ヒマラヤ登山を通して肌身で感じた温暖化問題、医師として観察した超高所の人体への影響(特に生殖器への影響があり、超高所登山後一年は子作りは避けた方が良いらしい。こどもに障害が出やすいそうだ)などを真剣に語られている。

しかし、なかがきの段階で編集者の意図が伝わり内容は一変する。今井通子さん自身の登山体験、高橋和之氏との出会いやその時の印象、ご両親の飛行機事故の死、娘さんを連れての登山、パラグライダー体験。それぞれのエピソードごとに単行本があるほど中身の濃い話なので、この本は駆け足で語られているけれど、それでも、今井通子さんの人生の中でどんな心境で登山されていたかわかり良かった。

今井さんとダンプさんは、結婚して数年後から、いわゆる奥さんは家庭に旦那さんは働きにという夫婦の形態にさっさと見切りをつけて、それぞれ、自立した働き方と山行や興味ある活動への突っ込みをされていることがよくわかる。ヒマラヤ登山中に大喧嘩して周囲を困らせたり、娘の教育方法を巡って大喧嘩されたりとあったようだけれども、そんな喧嘩を過去の思い出として語れるくらいに、仲がよく、お互いをリスペクトしているご夫妻のようだ。

たくさんの人を山に連れて行くバイタリティと技術のある人でもある。ある時、戦争、戦後と大変な時代を生きその中でヒマラヤに憧れていた方をツアーで連れて行かれたとき、その方は行きの飛行機でヒマラヤにさしかかった時、感動の涙で肝心なヒマラヤが見えないほどだったそうだ。そうしたことに、強く心を打たれ、人を山に連れて行くことにも強い使命を感じたそうだ。本当に山も人も大好きな器の大きな人なんだなぁ、と思った。

ところで、わたしはイモトを登山に引っ張り上げているイッテQ登山部部長の貫田宗男氏も気になる存在なのだが、この本でも随所で登場されている。そして、もしかして、イモトのマッターホルン、これからのヒマラヤは、今井通子さんの壮大なパロディなのではないか?イモトはお笑い芸人として、ものすごいことをやっているのではないかという気がしてきた。登頂したこともあるけれど、何度も敗退もしている今井通子さんのように知恵と勇気も持って、でも、がんばってほしい。

山は私の学校だった (中公文庫)
今井 通子
中央公論新社
¥ 680

Tags: 読書

2012年10月14日(Sun)

『ダンプ &通子の夫婦でゆったり登山術』今井通子 高橋和之 著

2000年に文庫書き下ろしされたこの本は、一流登山家と初心者にやさしい登山専門店のオーナー夫妻の共著だけあって、夫婦でなくても、登山初心者なら誰でもに向けて親切な本に感じられた。

登山専門店に行くと、道具の高価さに、どこから手を出してゆけばよいのか迷うけれど、装備のお金をかける順、選ぶ時の素材の基準などが明確でわかりやすい。

また、着替えのタイミングや水の飲み方、持ってゆく量、山小屋の利用方法など細かなTipsが具体的。

本が出て10年経っているのでもしかしたらまた少し変わっている部分もあるかもしれないけれど、既に環境問題が議論される時代なので、例えば山中の水場は1970年代は使えていたけれど、2000年当時になると、大腸菌や屎尿によるアンモニア、また、水銀など公害物質が検出されるようになったので、飲まない方が良いと記されている。こうした部分は信頼した方が良い気がした。

それにしても驚いたのは、高橋和之氏の北穂高南稜での骨折した登山者の救助活動だ。その時、すでに夜になり、現場で救助準備していたところ、畳一枚もある岩がゆっくり動いてきたそうだ。慌てて100m下の後発救助メンバーに「落石!」など叫び、転がり落ちる岩は直撃はしなかったけれど、20代のメンバーが一名、落石を避ける際にバランスを崩し、滑落死されたそうだ。

この場面、少し結果を変えて、漫画『岳』の中にも出てきていた。漫画で読んだ時、まさかこんな二重遭難があるのかと思ったけど、本当にあった話が下敷きだったのかと、改めて驚いた。

高橋和之氏の話では、高齢の登山者が夕暮れ、すでに遅いから行動はやめたらという山小屋でのアドバイスに耳を貸さずに登山した結果、こうなったと説明があった。高齢になるほど、我を張り、アドバイスを拒む傾向があることに対しての警鐘として書かれていた。(漫画はそういうニュアンスとはまた別な展開だった)。

ゆったり登山術という、ゆるふわなタイトルだけど、内容はハードな面もあり、読み応えがあった。

ダンプ&通子の夫婦でゆったり登山術 (小学館文庫)
今井 通子/高橋 和之
小学館
¥ 580

Tags: 読書

2012年10月17日(Wed)

『魔頂チョモランマ』今井道子 著

1985年冬季エベレストに中国(チベット)側から挑み、敗退した記録。今井さんは隊長兼医師でBC常駐、副隊長貫田氏。登攀よりも、現地の気象の荒々しさが印象的。敗退の原因も強風だった。

魔頂チョモランマ (中公文庫)
今井 通子
中央公論新社
¥ 680

Tags: 読書

2012年10月18日(Thu)

『空飛ぶ山岳救助隊 ヘリ・レスキューに命を懸けた男、篠原秋彦』 羽根田治 著

1972年から2002年まで、民間ヘリ会社から、日本アルプスへ山岳救助のヘリを飛ばした伝説的な人のノンフィクション。

この本を読むのは三度めくらいなのだけど、漫画『岳』の連載が終わってからは、はじめてだ。岳の連載中に、巻末に篠原氏を無断でモデルにしたことの謝罪文が掲載されていたけれど、改めて読んでみて、篠原氏の奥様が長野県警出身であることに気づき、これはあの謝罪文とラストは仕方なかったのかなと思ったりした。

だからといって、この本も、岳も、嫌いになるかといえば、そんな事はなく、やはりどちらもすごく意味のある話には変わりない。

いきなり感想が本に閉じた話ではないところへ行ってしまったが、篠原秋彦氏は、ヘリの操縦士ではなく、営業としてヘリの荷揚げ作業の受注、現場のコーディネート、事務手続きなどを一手に担いつつ、徐々に要請のあった山岳救助をパートナーの操縦士とこなしてゆくうちに不動の地位を築き上げた。

ともかく几帳面できれい好き。率先して現場に突っ込んでゆく。段取りは詳細に組むが臨機応変に覆す。あまりに臨機応変すぎて慣れない警察の若手は涙目になるほど。

いわゆる登山とは違うけれど、丁寧に準備し仕事し、そして突っ込んでゆき、現場で状況をすばやく計算し判断を次々くだし行動するというくだりは、プロを感じた。具体的お名前はここではあげないが、プロ登山家のあの人を思い出したりもした。

はじめて読んだときは数々の遭難事例に驚いたけれど、いまはその遭難救助にあたられた篠原氏の仕事ぶりに目がゆく。

空飛ぶ山岳救助隊 (ヤマケイ文庫)
羽根田 治
山と渓谷社
¥ 924

Tags: 読書

2012年10月19日(Fri)

『マタギに学ぶ登山技術 山のプロが教える古くて新しい知恵』 工藤隆雄 木部一樹

1991年刊行本を底本に加筆修正し2008年刊行された本。マタギは山で狩猟をしていた日本の山岳民族らしい。今はその名残ある子孫の方々が、独特な山の技術を伝えているけれど、もうマタギそのものが途絶えるのは目前のように思えた。

この本では、青森、秋田のマタギの方や、マタギにくわしい植生学者への取材により、豊富な写真や図解で、登山というよりも山のアウトドアテクニックについて、歩き方から火起こし、野宿の方法、気象や地形の危険の避け方など一通り書かれている。ただし、それぞれ人によってやり方も大きく異なるようで、確立されたノウハウとは少し異なる。雪崩など右斜めに泳げば良いと書かれ、どこまで信頼して読んで良いのか、面食らうところもあった。

また、山で飲める水について、ブナ林など原生林で濾過されたものは良いとしつつも、造林地の水は除草剤の危険があるし、上流に山小屋やキャンプ場がある川は大腸菌がある可能性があるし、川にしても護岸工事されてる川はバクテリア浄化が死んでるので危険だし、魚を取るために流された毒がある可能性があったりもして飲むのは止めた方が良いそうだ。最後は少し脅しのための作り話の気がするけど、でも何か経験上、うかつな水は飲まない方が良いという知恵なのだろう。

ところで、マタギという山で狩猟する人々と、一般の登山者の大きな違いは靴と歩き方のようだ。マタギは登山靴は履かず、長靴で行動する。狩猟が目当てなので登山ルートを歩くとは限らない。なるべく山の植生へのインパクトを少なくするため長靴なのだそうだ。

たまに登山にいくのに登山靴ではなく、長靴を使うエピソードを見かけるが、ルーツはマタギ的な山歩きなのか、と、合点がいった。

この本には「一度は読みたいマタギの本」があげてあり、学術資料では『狩猟伝承研究』(1969 千葉徳爾 風間書房)、小説では『黄色い牙』(1980 志茂田影樹 講談社)『邂逅の森』『相克の森』『氷結の森』マタギ3部作 熊谷達也などがあげられていた。まだこれ以外もたくさんの本があった。マタギの山の世界も、深いようだ。

マタギに学ぶ登山技術 [ヤマケイ山学選書]
工藤 隆雄/木部 一樹
山と溪谷社
¥ 880

Tags: 読書

2012年10月21日(Sun)

野外活動保険に加入した。

まだ一回、登ったばかりだけど、山歩きが楽しくて、また行きたいので、モンベル野外活動保険に加入した。

前回行った大山のルートは、登りも下りもそれぞれ頭蓋骨が発見されたばかりだったり、過去に小学生のこどもが滑落し、それを助けようとした父親が滑落死されたりと、リスクもある山だとわかった。

大山は横浜からアクセスしやすいし、初心者も盛んに登る山だ。要所要所に鎖など安全は確保された山道だけれど、山は山。保険に入っておくに越したことはない。

わたしは主婦なので、まず夫名義で加入して、被保険者に自分を指定した。年額3670円の掛け捨て保険。

山に行くときには、加入者番号と連絡電話番号もメモして持って行こう。

Tags: 山歩き

ベースプレートコンパス(SUUNTO A-10) を購入した。

大山は登山ルートの要所に標識が整備され、ルートから離れなければ道に迷うこともあまりない山だけれど*1、登山ルート中にふとあっちに見える山は何だろと気になったりもする。

例えば街ならばランドスケープになるビルは大抵、特徴があってわかりやすい。テレビならばナレーションやテロップで、あそこに見えるは○○です、と、親切に教えてくれる。けれど、山から見る山は案外、わかりずらかった。初めてだったからというのもあるけど。

どこまで使いこなせるか自信はないけど、使ってみないことにはわからないので、山用のコンパスを購入した。

参考にしたのは『誰でもわかる地図の読み方』千秋社編で、ベースプレートコンパスがおすすめされてたので、登山道具屋に行って見繕ってきたのがSUUNTO A-10。

透明なプレートに赤字でメモリがついてて、かっこいい。でもこれ、ほんとに使いこなせるかな。一抹の不安は残るけど、やってみるしかない。

SUUNTO(スント) Suunto A-10 S012055013 【日本正規品】

SUUNTO(スント)
¥ 1,620

これで身につく山歩き 誰でもわかる地図の読み方 (るるぶDO!)
千秋社
ジェイティビィパブリッシング
¥ 1,260

Tags: 山歩き

*1 2006年に家族四人で登った軽装ハイカーが4日間道迷いのすえ、ヘリ救助という遭難はあったらしい。


2012年10月22日(Mon)

大山山歩き ヤビツ峠-大山-見晴台-クアハウス山小屋-日向薬師バス停

一昨日、こどもらの学校で運動会があり、わたしはぼーっとしていたのだけど、はたっと、今日が代休であることに気がついた。

そこで、先日、大山へ行った時に気になった別ルートに行くことにした。代休といっても、夫は普通に仕事なので、こどもたちとわたしだけだ。(それに夫は山に関してだけは頑なに、今後も決して自分は行かないと言う)。

それで、昨日はバタバタとコンパスを購入したり、野外活動保険に加入したりした。前回は作成しなかった登山計画書も作成した。その計画書を登山口への提出用と夫用に二部印刷、実家の母にはPDFでメール送信した。

今回の目的は、わたしには3つある。

一つ目は前回行った時、山頂で見かけた保育園児たちが登ってきたヤビツ峠からの登山ルートをたどること。保育園児が登って来られるので小学生ならわたしでも引率できるかと思った。

二つ目は前回見そびれた山頂の北側景観を眺めること。丹沢山塊をよく見晴らせるらしい。これから行ってみたい山やルートを考えるのに良いと思った。

三つ目は前回、見晴台でおすすめされた日向薬師へ向かうこと。また日向薬師近辺を調べてみたら、大山を降りたところに入浴施設があるので、丹沢登山ではメジャーな山に登って降りたらすぐお風呂という山行を経験できると思った。

一度は登ったことがあっても、山素人な上、体力、技術不足は目に見えているので、特にこどもの怪我や遭難は心配だった。とった対策は今回は、三つ。

一つ目。大山ではかつて小1の男の子が下山中に滑落し、助けようとしたお父さんが二重遭難で亡くなられた事故があったことを、こどもに率直に話した。山は急な斜面もあって、飛んだり跳ねたり走ったりしたら、あっという間に落ちて怪我をし、助けるのが困難な事態に陥ることを説明した。そして、走らないことと、お母さんが目に入る位置より先に勝手に行かないことを約束してもらった。

少しキツい約束かもしれないけれど、登りの最中に、道のすぐ脇が急峻な斜面だったり、鎖場が出てきたり、浮き石に乗っかってしまった時は、その場で、下りの時に同じような場面だったらどう感じる?もしもがあったらどうなっちゃう?と何度もイメージさせた。そのためか、下山中もむちゃな行動は男の子にしては少なかった。それが正しいかどうかは置いておき…。

もう少し、楽しい感じにもしたかったのだけれど、遭難リスクは少しでも下げたかったので、そこはごめんとしか言いようがない。

けれど、イモトの登山番組のおかげで登山はすごくかっこいいという印象があったり、眺めの良いところから見える雪にすっぽり覆われた富士山の壮大さに感動したり、頂上直下では野生の鹿がゆうゆうと過ごしているのを見かけたりと、楽しいことも多かったようだ。何より、計画していた下山直後のお風呂が魅力的らしく、最初からお風呂に入るために山を行くのだと語っていた。…ずいぶん、渋い趣味の小1だな…。

話がそれたが、安全対策のそのニは飴を数個とチョコレートを入れた小袋を渡し、自分の判断で、好きな時に食べて良いとした。

登山ルートは特に傾斜の激しいところほど、岩がゴツゴツしていたり、滑り止めのためかゴロゴロした石がたくさんあって、頭を使って足の運びを考えつつ、反射的にしていかないと危ない。少しでも集中力を高めるための糖分補給にと、わたしは思ったのだけれど、果たして本人がどう受け止めたかはわからない。下山後、すっかり食べきった袋を手にして、「全部、食べちゃった」とお菓子食べを自由にできた嬉しさと、ふだんは怒られるのにな、という不思議さの混じったような報告をしていた。

3つ目は、こどもに対してではなく、登山計画書を渡した夫と母にお願いしたことなのだけど、もし、下山報告メールが、夕方4時を過ぎてもなかったら、まず、入浴に立ち寄る予定の施設に問い合わせて欲しいとお願いした。

入浴施設は、ウェブで探したところ、氏名住所を書いたクーポンを渡すと割引になるサービスがあった。これは、クーポンというよりも、下山証明の意味も強いと思った。

もし、4時過ぎの時点で、入浴施設をクーポンを使って通過していれば、確実に山から降りたことになるし、そうでなければ山で立ち往生していることになる。

怖いのは夜の山での子連れの立ち往生だ。いつ探しに来るかわからないで、夜がきてしまうのは本当に恐ろしい。そうした時に、あらかじめ確認ポイントを設定して、在宅要員に確認してもらう約束をしておけば、初動が違ってくるように思うし、心強い。

わたしは怖がりなのだ。もし、今後、山に単独で入ることがあるとしても、絶対に救援を行ってくれる在宅要員が居なければできないと思う。完全な孤独行はできない。単独行と孤独行は違うように思う。

そこまで語っておいて、だけど、今日は無事に、母一人、子二人、午後14:10に下山し、15時前には清潔で居心地よい施設で入浴も済ませ、バス停に向かうことができた。もちろん、下山報告メールも送信した。

入浴施設から日向薬師のバス停までは、舗装された道路をゆるやかにくだり、丹誠込めて手入れされた里山の風景を楽しむことができた。

にゃー。

Tags: 山歩き

2012年10月26日(Fri)

『劔岳 《点の記》』新田次郎 著

劒岳―点の記 (文春文庫 (に1-34))(新田 次郎)

この本は1981年に書き下ろされた小説だが、明治39年(1906年)実際にあった話を下敷きに、丹念に資料を集め、現地や関係者に取材を重ねた、ドキュメンタリーでもある。

主役の柴崎芳太郎は測量官で、年中、日本各地を訪れて、測量を重ねていた。日本の地図はまだ未完成の時代で、中でも、北アルプスにある劔岳は未踏峰で地図は白いままだった。

劔岳が未踏峰だったのには、ひとつ岩山で絶壁がそそり立ち、人を寄せ付けない厳しいという理由もあったが、劔岳のそばにある立山は修験道が盛んな信仰の山で立山信仰からみると劔岳は死の山とされ、人が登ってはならない、登ったら祟りがある山と信じられていたためもある。

しかし、明治のこの時代、日本は開国し、科学にも開かれ、江戸時代以前の風習を断ち切って、新しい時代を築くために、劔岳にも測量を持ち込み、日本国内の地図をより完成させていこうという機運があった。

一方、英国などから登山文化が流入し、日本にも山岳会が立ち上がりはじめた時代だった。劔岳は軍隊から派生した測量隊による登頂が先か、それとも仕事ではなく文化として登山をする山岳会の登頂が先か、初登頂を競いあう展開も威勢があった。

また、古い因習を断ち切ると言っても、当時、山を実際に駆けめぐっていた、行者や麓の農村の山に強い若者たちについても、丁寧に描いている。

断崖絶壁に囲まれた劔岳に登るためのヒントを、主人公の柴崎が行者から得る場面はぞくぞくするほど神秘的だった。この本では、行者の一端しかのぞけなかったけれど、行者や立山信仰なども、どんなものなのか、もっと知りたいと思った。

また、劔岳を目指した測量隊のメンバーは、地元の山に長けた男たちで、主人公の柴崎自身も登山経験は豊富だが、測量仕事を成し遂げるために、男たちを心底信頼し、良いチームを組み上げている。測量隊というプロの登山隊の仕事がこの小説では読めた。

作者、新田次郎氏は1901年に亡くなられているけれど、未だに評価の高い作家で、『孤高の人』はつい最近漫画化されたし、この『劔岳 点の記』も2009年に映画化されたようだ。Wikipediaをみると、新田次郎を越える山岳小説家はまだでてきていないと評価記事が掲載されている。もっと新田次郎を読みたい。次に読む本を選ぶのが楽しみになる読後感だった。

劒岳―点の記 (文春文庫 (に1-34))
新田 次郎
文藝春秋
¥ 720

Tags: 読書

2012年10月27日(Sat)

『ザイルをかついだお巡りさん』長野県警山岳遭難救助隊 編

1995年刊行当時の、現役、OB30名(内2名は女性)の山岳救助隊員、そして、山岳救助の民間エキスパート4名の手記からなるのがこの本だ。

長野県警では1995年当時、全国にさきがけ、2名の女性隊員を導入したばかりで、女性隊員の手記はこれからの活躍に希望をのせたもので、すがすがしかった。これが漫画『岳』のヒロイン久美ちゃんにつながっているのだと思うと、ぐっときた。

また、漫画『岳』に登場するヘリでの遭難救助活動のモデルとなった篠山秋彦氏も手記を寄せているし、実際の操縦桿を握る操縦士の方も手記を寄せていた。漫画ではあまり強調されていなかったが、操縦士の手記は、寒さや強風に振り回されそうな悪環境で、要救者を引き上げるのにホバリングする間、操縦桿をぐっと握りしめ続ける苦労がなまなましかった。

この本を読んでいて、初めて知ったのだけれど、ヘリでの救助を必要とする遭難者はタオルなどを大きく振って合図すること、一般登山者でヘリ救助を必要としない場合は、何も合図をしてはいけないというルールがある。山に登っていて、ヘリがいたら、わたしなんかはうっかり「やっほー」と手を振ってしまいそうだから気をつけよう…。

もうひとつ印象深かったのは雪渓での遭難だ。映画『岳』では氷河の裂け目に落ち込んでしまった遭難者を山岳救助隊員が助けに降りていった場面があって、日本にはそんな氷河はないしおかしいなと思っていたのだけれど、この本では、氷河ではなく、雪渓の裂け目(シュルンドと言う)に落ちてしまった遭難ケースがいくつか出てきていた。

シュルンドは外気温より-10℃以上低いらしく、またその雪の固まりの下を、雪解け水が流れていくこともあり、遭難すると救助は困難を極め、二重遭難の危険性も高くなるし、生存者を救出するのは難しいようだ。

シュルンドに落ちた遭難者が雪解けの季節に遺体となって発見されたひとつの事例では、遺体は登山着の上にレインコートを着込んで居て、シュルンドに落ちた後も生存していたことを示していたそうだ。とてつもない寒さ、暗がり、救出されない恐怖と絶望を思うと、雪渓は美しくあるけれど、安易な装備で近づいてはいけない場所なのだなと思った。

そんな恐ろしい話もあったけど、若い隊員の手記は、訓練の厳しさの嘆きや自分のドジっ子体験を語るものもあり、屈強そうな山岳警備隊も人の子なのだなと、ほほえましくもあった。

いつか山岳警備隊の人とすれ違うような山へ行ってみたい!(具体的には上高地から涸沢カール!)

あと、この本は長野県警のお話だったけれど、ほかに劔岳や立山で活躍する富山県警の『ピッケルを持ったお巡りさん」や、飛騨山脈で活躍する岐阜県警の『山靴を履いたお巡りさん』などもあるらしい。

ザイルをかついだお巡りさん―アルプスに賭ける警察官 喜びと悲しみのドラマ
長野県警察山岳遭難救助隊
山と溪谷社
¥ 1,427

Tags: 読書

『レスキュー最前線』長野県警察山岳遭難救助隊 編

レスキュー最前線 長野県警察山岳遭難救助隊(長野県警察山岳遭難救助隊)

2011年刊行の本書は、1995年に刊行された『ザイルをかついだお巡りさん』の続編とも言うべき本で、しかし、寄せられた手記は確実に世代交代を物語っていた。

この本は手記の冒頭、氏名の下に、生年と出身地が書いてあって、それだけで著者の世代がわかるようになっている。前半は若い救助隊に配備されこれからの活躍が期待がされるメンバーが書いているのだけれど、1980年代生まれがメインで驚いた。わたしよりも一回り若い。

わたしと同じ1970年代生まれはもはやベテランの域で、伝説的なヘリで遭難救助をしていた篠原秋彦氏には教えを受けた世代になる。

そして、目を引いたのは、前作で生年不明で登場していた全国に先駆けて登場した女性救助隊員の方だ。1973年生まれの岡田恵さん。わたしと同じ年だったのか、と、驚いた。本書では結婚され、すでに退職され育児の最中で、家族として救助隊の夫を送り出す身となっている。

前作ではこれからの女性隊員の活躍が期待されていたのだが、本書では残念ながらその時点では、女性隊員は打ち切られ、山岳救助隊は男性のみで構成されていることがわかった。

本当に残念だった。現実はこうなのか。漫画『岳』ではヒロイン久美ちゃんは最後、結婚してこどもを産んでも現場を駆けめぐる山岳救助隊員だった。漫画を読んだ時に、そんなことはありえないだろう、でも、もしも、女性が本当に結婚してこどもを産んでも活躍していたらすてきだな、と、チラッと思ったけれど、現実は女性の活躍どころか、女性には救助隊員になる道も閉ざされてしまったのが真実だった。

前作では2名の配属されたばかりの女性が手記を寄せていたが、本書では岡田さん含め4名の女性が手記を寄せていた。いずれも、やはり体力的に男性に女性はかなわないことが記されていた。現在、女性が打ち切られているのも限られた予算の中、現場で即戦力となる男性隊員枠を一人でも増やすための処置とされていた。なんだかため息が出た。

ところで、本から脱線するが、今日、こんなニュースを見かけた。

長野県、「入山税」検討へ…遭難や環境負荷増で

 登山ブームに伴い、地元の費用負担は年々増している。県警ヘリは来年2月、救助態勢の強化で2機に増える。年約1億5000万円の燃料費や修繕費は倍増する見込みだ。県警山岳遭難救助隊の活動費は年3500万円前後かかっている。

 同県松本市は今年度、安全確保のために登山道維持費を前年度の10倍の500万円に拡充した。山小屋のトイレでは、し尿のヘリ輸送などに「年300万~400万円」(山小屋経営者)かかり、従来のチップ制から有料化に切り替えた山小屋もある。

 昨年9月の県の事業仕分けでは、一部の登山者に税金を投じることに批判も出ていた。このため県は11月、山岳経費の見直しを諮問機関の県地方税制研究会に諮り、入山税や協力金の導入などを含めた新たな財源確保を検討する考えだ。

(2012年10月27日16時35分  読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121027-OYT1T00637.htm

この本を読むとヘリコプターを使った山岳救助の費用にとても莫大な金額がかかっていることがわかる。遭難件数、出動件数も少ないとはいえない。安全の保険として山岳救助隊が必要なのもよくわかる。仕方のない方向かもしれない。けれど、入山者ひとりあたりにかける入山料に、あまり無茶な金額は設定しないでほしいなぁ、と、思った。山にかかる金額が増えるほど、無茶をして遭難する人も増える気がするのだ。

レスキュー最前線 長野県警察山岳遭難救助隊
長野県警察山岳遭難救助隊
山と溪谷社
¥ 1,680

Tags: 読書

2012年10月29日(Mon)

『激しすぎる夢』長尾三郎 著

小西政継(1938-1996)の伝記。同人会では実力主義の組織を作り、小西イズムとして有名。また、日本の高所登山を極地法から無酸素のアルパインへ切り替えた先鋭的な人。シルバー登山会では渡邊玉枝さんが一緒。マナスル登頂後、消息を絶つ。

激しすぎる夢―「鉄の男」と呼ばれた登山家・小西政継の生涯
長尾 三郎
山と溪谷社
¥ 1,785

Tags: 読書

2012年10月30日(Tue)

『翼を持ったお巡りさん』谷口凱夫 著

翼を持ったお巡りさん―ヘリ救助にかける富山県警察航空隊の現場から(谷口 凱夫)

谷口、高橋という名前は山岳救助隊の本を読んでいるとよく見かけるのでどれが誰だか混乱しがちになるけれど、この本の著者は元富山県警の山岳救助隊の方。(もう一人、 10/14に放映された番組の谷口さんは岐阜県警の方なので、最初、ちょっと混乱した)。

富山県は劔岳や黒部峡谷という、とても山の初心者がうっかり踏み入れることのできない山岳エリアをカバーしているだけあって、先に読んだ長野県警の話よりも緊張感があった。

ところで、『梅里雪山』を読んだときもショックだったのだけれど、遭難現場に残された登山用品や貴重品などは、回収のため、季節を変えて立ち寄ると、かなり持って行かれてる、つまり盗難にあっていることが多いらしい。

ヘリ救助の場合は重量や天候の問題から本人の身ひとつで救出しなくてはならないこともあるので、最低限、救助前に貴重品は身に付けておくことも大事だと書いてあった。天候やちょっとした状況の違いで生死を分ける山の非情さよりも、そんな残置物を盗ってゆく人間の方が怖いと感じた。まぁ、遭難しそうな場所(バリエーションルート)であるほど、まさか回収に来ると思う人も少ないかもしれないが。

そんな風に貴重品を身に付けておくほか、また、救出される際もヘリの風圧は台風並みなので、ピッケルなどでスリップしないよう確保する、一度掴んだフックはたとえ電流が走っても手放さない(そのため心臓から遠い右手で掴むのが良い)など、救助される側にも覚悟とスキルが求められるみたいだ。

ヘリに無事乗れたとしても場所や天候によってはジェットコースター以上に激しい動きをすることもあり、乗ったからといって、快適さを求めるのも間違っているとあった。

ヘリタクという言葉があるくらいに登山者が安易にヘリの救助を要請するのが問題になっているけれど、この本を読むと、やはりヘリは安易に頼ってはいけないとし、ホバリングしたヘリへの搭乗は怖いと思った。マッターホルンの頂上からヘリにホイストされたイモトはほんと大変だったねぇ。

翼を持ったお巡りさん―ヘリ救助にかける富山県警察航空隊の現場から
谷口 凱夫
山と溪谷社
¥ 1,680

Tags: 読書

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