トップ 追記 RSS feed

shinoのときどき日記


2017年08月17日(Thu)

受難節と受難週の意味の違いについて。

※聖書についての某MLで、分かりやすいとコメントいただけたので、こちらにも記載しておきます。以下。

「受難節」か「受難週」かという用語ですが、 これはまず、「節」と「週」で単位が異なる用語です。

「節」は、ある一定の期間や一年を四つに区切った季節をあらわします。教会の場合は、一年を待降節、受難節、復活節、聖霊降臨節の四つに区切ります。

教会によっては、週報に、 受難節第○週礼拝とか、聖霊降臨節第○週礼拝とか 記載されているところもあるかもしれません。 節と節の間にクリスマス礼拝、受難記念礼拝、イースター礼拝、ペンテコステ礼拝が挟まれます。

教会の四つの「節」は均等には分かれてなくて、復活節から待降節の間の、 聖霊降臨節が一番長いです。

「週」は七日間単位の日にちです。 日曜日から土曜日がユダヤ教、キリスト教では週の単位です。

ユダヤ教では週の終わりの土曜日が安息日で、 安息日は礼拝以外、仕事をしてはいけないので、 ユダヤ人は金曜日にイエス様を十字架につけ、そして、 イエス様は死んで三日目の日曜日に復活されました。

キリスト教はイエス様のご復活の日曜日を 主日の日として礼拝しています。

ここら辺は十戒の「安息日を覚えてこれを聖とせよ」、と、 日曜日は「休みの日」という明治時代に 西洋から持ち込まれ、 中途半端に移植された日本のカレンダー概念が入り混じって 混乱しがちになります。

少し話が長くなりましたが、 節と週は単位が異なる一定期間の日にちをあらわす言葉です。

簡単にいうと、 「受難週」は、「受難節」の最後の1週間となります。


2017年07月26日(Wed)

平井堅のノンフィクションがただただすごかった。

先週の土曜日、12年ぶりに会う友達と、ライブへ行ってきました。ラジオ局主催のライブは名だたるミュージシャンが1時間ずつ6組も。長丁場の豪華なライブでした。

その中でも、ノーマークだったのに、帰り道、二人して「すごかった…。すごかったね(・Д・)」となったミュージシャンが平井堅。

イケメンじゃないですか。

ファルセットで、ソプラノボイスじゃないですか。

それだけで、泥臭く渋い民族音楽系Jazz好き〜としては、メジャー路線警戒アンテナが立ってしまい、今までノーマークだった平井堅。

その常識がもう、覆されました。良い意味で撃沈。

行く直前に、「すこし予習しなくちゃね〜」と鼻歌まじりに検索した「平井堅」。

今、その検索トップには今年出された新曲の「ノンフィクション」という曲が出てきます。

このPVを観て、まずポカーン。ひ、ひ、平井堅が暗黒舞踏とコラボレーション?!

暗黒舞踏は、全身白塗りの田んぼ踊りのような不思議日本舞踏で、日本よりも海外で評価されているかもしれません。

ここでまず常識が覆され、次に歌詞。他人との比較、高慢に陥りやすい罠、人間のネガテイブに陥りやすいポイントをど真ん中で突きつつも、「そんな惨めなあなたでも、ただただあなたに会いたい」というメッセージ。

せつない。わかる。今は、人に会いたいゲージが下降気味だけれど、わかる。

呆然と途方に暮れてても良いよ、生きてて。

なんという励ましでしょう。検索したところによれば、テレビのエンディングソングとして作ったけれど、それよりも、作った時にお友達が自らの意思でこの世から旅立ってしまったことに対する、平井堅さんの赤裸々な想いを綴られた歌のようです。

そして。ライブ会場の横浜アリーナは正直、音響があまり良くなくて、若手は歌詞が聞きとりにくかったのです(ひたすら音響のせいだと思う)。

しかし、平井堅はギリギリまでチューニングして、目一杯、コトバを聞き取りやすくしたチューニング、頑張られたのでしょう。一言、一言の歌詞が聞き取れる!

また、心温まる地声MCからの、0.1秒後いきなりのファルセット。

すごい、この人、むちゃくちゃボイトレしてる!プロすぎる!

感動の上に感動し、もう一個おまけに感動が上乗せです。ああ、なんと平凡な言葉…。

帰り道は、友達と「なんてものを観てしまったの、わたしたち…(・Д・)」という状態になりました。

平井堅さんのノンフィクションがただただ素晴らしかったことをお伝えしたく、日記に記しておくことにしました。

読んでくれてありがとうございます。またね。


2017年06月23日(Fri)

新しい日が始まる

賛美グループ ノアの「新しい日が始まる」を歌いました。

「わたしは今、生きる。イエスの素晴らしさに」という歌い出しで始まる賛美。つらいこと、かなしいこと、重荷があることは世の常であり、クリスチャンでも同じ。

でも、過去はみない。未来に向かって生きる。イエス様は復活して今も生きているのだから、その生を先取りしつつ、歩みます。

現実は惨めかもしれない。不安だらけかもしれない。でも、それがなんだ。私たちには、イエス様が与えられている。イエス様は十字架で私達を罪から購ってくださっただけでなく、永遠のいのちの中に招き入れてくださっている。その喜びと愛の中にいることを、感謝します。たとえ、感情や気分がそれに追いついてないとしても。

「イエスは自分を信じたユダヤ人たちに言われた、「もしわたしの言葉のうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの弟子なのである。 また真理を知るであろう。そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう」。」

[ヨハネによる福音書‬ ‭8:31-32‬ ‭JA1955より引用]

‭‭

「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」

[コリント人への第二の手紙‬ ‭5:17‬ ‭JA1955‬‬より引用]

‭‭


2017年06月20日(Tue)

無題

記録として。

結城浩さんが、6/9の日記でロバの耳の終わりを告知。2017/07/31をもって終了のよう。

そういえば昨年から年末恒例のクリスマスリースもなくなった。

長年(20年近く)、結城さんのサイトのファンとしては、寂しいものを感じざるをえないです。

今の私の心境は、公園の砂場で、遊んでたら日が暮れて、みんな家に帰ってるのに気がつかなくて、ひとり、ぽつーん。

うう。しみったれたことを言ってごめんなさい。

アニメの銀河鉄道の夜で、カンパネルラと別れたジョバンニが、家路につくような感じが、今です。


トップ 追記 RSS feed
2000|03|
2007|01|03|04|05|06|10|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|11|12|
2015|01|02|04|05|09|10|12|
2016|01|03|04|05|08|
2017|01|02|04|05|06|07|08|