トップ 追記 RSS feed

shinoのときどき日記


2016年08月02日(Tue)

近況。

ご無沙汰しています。お元気ですか?Twitterではぼちぼちやっているので、あまりご無沙汰という感じもありませんがうっかりすると日記がひどく間があいてしまいます。月に一度は書こうと思っていたのに、前回は5月で気づいたら8月ですね。

うーん。何を書いたらいいのかな。

ここ何ヶ月か、毎晩、クリスチャンのお友達と夜に電話をして、その日あったことを簡単に分かち合って、お祈りしています。

あと、Facebookでもなるべく毎晩、ある方が主の祈りをしているのですが、そこにも参加できる限りするようにしています。

クリスチャンだって普通の人間ですから、怒ったり、いらいらしたり、不安になったりというのはあります。わたしはどちらかというと怒りっぽかったり、一つのことにこだわって、ずっとそこでネガティブループを起こすことがある方なのですが、ここ数ヶ月は意識的にそうした祈り、また、賛美をしていたら、あんまりネガティブなことにこだわりがなくなってきました。

手放せるようになってきたというか。

楽になってきたように思います。

祈りは自分のことじゃなくて、ほとんどが執り成しばかりなのですが。

執り成すときは自分なんて空っぽです。いろいろな人の課題があって、そのことをぽーんと天のイエス様に放り投げる。そして、空っぽなわたしには、イエス様が天から平安を流し込んでくださる。そんな感じです。

だから、日記に書くこともあまりなくなってきたかな。インターネットに、わたしは何を書いたらよいのか、わからないなぁという状態です。

そろそろこの日記も、おしまいにしていいのかな?そんな頃合いなのかな?とも思っています。これについてはもう少し考えてみます。

どんな人がここを読んでいるのかわたしにはわからないのですが、神様からの祝福と平安が、あなたにたくさんありますように。


2016年05月30日(Mon)

近況 引っ越しました。

五月のGWに引っ越しました。

家族と共に新居ですが(こう断り書きを入れないと別のパターンを想像する方もいるので)、築30年越えの物件で、今までと設備も随分違う。四月に引っ越しが確定してから引っ越しまで一カ月、断捨離でバタバタし、引っ越してから約一カ月、ゴミ出しサイクルなど、ようやく生活が軌道に乗ってきた感じです。

場所は横浜なのは変わらずです。

今回の引っ越しでは、長年、不要だと思ってた大型家具(ソファやら物置やら)を処分できてスッキリしました。


2016年04月24日(Sun)

tDiary 15周年パーティーへ行く。

久しぶりにIT系のイベントへ参加して来ました。

まずは幹事のいがいがさん、スタッフをしてくださった青月にじむさん、ありがとうございました。特にいがいがさんが発案し、企画し、たださんに交渉しなければ今回のパーティーはなかったので、感謝です。にじむさんも安定のサポート力で、受付などのお働きのおかげで一番気を使う金銭出納が滞りなく行えたこと、感謝します。

そして、基調講演をしてこれから10年先のtDiaryの展望を示されたただただしさん、日頃、tDiaryのメンテナとして活躍され最近の開発について講演をしてくださったhsbtさん、まちゅさん、ありがとうございました。

また、会場提供のdots.様、素晴らしいロケーションで、設備もきれいで、いろいろと融通を利かせてくださり、(今回、少し無茶振りなことをしたのですが)、気持ちの良い応対で、ガイダンスをしてくださりありがとうございました。

たださんの講演は相変わらず発想が非凡で、10年後に日記を読んでるのは人工知能ではないか。人工知能が人間を理解するためにウェブ日記を読むであろう。その時により人間を理解してもらうために、

  • 1.日記を書き続けること
  • 2.日記は事実の記録に留まらず感情、エモーショナルが大切なこと

という、日記書きの姿勢を示されたのは、とても面白かったです。

人工知能が読者かどうかはちょっとわたしは最近の議論や新しい技術についていけてないのでわからないのですが、日記であるからには事実の記録だけではなく、感情も含めるのが大切だなぁ、と、改めて思いました。そして、毎回、たださんが日記を書き続けるというメッセージをされるのが本当、大切。

hsbtさん、まちゅさんは日記書きのではなくて、tDiary書きの立場から、最近の開発の話を具体例でわかりやすく話してくださって、改めて、わたし、思いっきり時代に追いついてないことがよ〜くわかりました。ま、こればっかりは仕方ない。

講演の後には素晴らしいケーキが登場し、いがいがさんが15本ものロウソクを点火して、ヴァイオリンの伴奏付きでみんなでハッピーバースデーを歌い、たださんが一生懸命、ロウソクを吹き消されてました。

そして、たださん、hsbtさん、まちゅさんによる、ケーキ入刀のふり(実際のケーキカットはにじむさんとわたしとで、別に行いました)。とても良い記念写真が撮れました。

人数はこじんまりとしてましたが、身内というものに固まらず、福岡や名古屋といった遠方からも駆けつけてくださった方がいたり、tDiaryとはまったく違う日記エンジン作者のいがぴょんさんがいらしてたり、とてもバラエティに富んだ面白い集まりでした。

わたしは大したことはしてなくて、ケーキカットのお手伝いくらいでしたが、あまり知られてない(だろう)ケーキカットのコツをここに記して、日記とします。

  • ケーキカットのために用意するのは次のもの
    • なるべく刃渡りの長い包丁(今回はラッキーにも、刃渡り36cmのケーキナイフを用意出来ました)
    • トング
    • 紙皿、人数分+1
    • フォーク 人数分
    • 切り図を書くための紙とペン
  • カット前にケーキ上に乗っている装飾果物(今回はイチゴやラズベリーなど)をすべて余分なお皿にトングで移す
  • 人数分に行き渡るよう切り図を作成(これ作らないで切りながら個数確認すると大きさに違いが出すぎたり失敗する)
  • 切り図にしたがってケーキナイフをケーキに入れる
  • 切ったケーキを皿にトングで一つずつ盛る
  • 移した果物などを各ケーキにトングで乗せる(だいたいこれくらいの人数でケーキを分けると発注の時にお店に伝えるとだいたいその個数分の果物を装飾してくれてるのです)
  • フォークを添えて各人にケーキ皿を回す

そんな感じで、とても楽しいパーティーでした。


2016年04月12日(Tue)

パウロの祈り

トルコにエフェソスという港町がある。現代では、トルコで一番大きな港湾都市であるイズミールに次ぐ、二番目に大きな港湾都市だそうだ。

わたしは、もう20年も前になるけれど、エフェソスを訪れたことがある。

そこには、ギリシャ風な神殿の遺跡などと一緒に、イエスの復活ののち、エルサレムから去ったイエスの母マリアが使徒ヨハネと晩年、生活したと言われる建物があった。つまり、異教の神々を祀る土地の片隅に、イエスの母マリアと使徒ヨハネは暮らし、初代教会の一つを組み上げたのだ。

使徒パウロは、当時、使徒ヨハネと主イエスの母が居たか、その霊的な痕跡の力強い土地へ、かつ、異教の神々に囲まれて霊的に困難な土地へ、万感の想いを込めて、手紙をしたためたのだろうと思うと、この手紙の霊的な力強い励ましの言葉が、すんなりと入ってくる。

この祈りはキリスト者の霊性の方向性を愛に定め、父なる神の栄光と富、聖霊の働きにより、イエス・キリストが心に住われることを基礎として、つまり、父子聖霊の三位一体の神との親しい交わりのなかで、キリスト者が愛に根ざし愛に基づいて生活することを願っている。

父子聖霊の親しい交わりのある、愛に根ざし愛に基づいた生活は、几帳面な、計算された、コントロールされうる規律や戒律ではなく、人知を超越したキリストの愛を感じ、体験し、満たされることに繋がるのだ。

そして、それは神の栄光がこの地であらわされることでもある。

新約聖書は、主なる神を愛し、自分を愛し、隣人を愛し、敵をも愛し、また特にイエスを信じる者同士が互いに愛しあうことを繰り返し奨励している。

その愛は、キリストのあの十字架の愛の実なのだ。イエス様を、十字架を無にしないで、その愛を結実させるために、パウロは強力な執り成しの祈りをしたためてくれたのだろう。

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、 怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。」(第一コリント 13:4-7)。と、聖書に書いてある。自分をコントロールして、どうしても自力では愛の域にたどり着けない時に、パウロのこの愛に根ざした愛に基づいた生活への執り成しの祈りを静かに祈るのは、良いことのように思える。

こういうわけで、

わたしはひざをかがめて、

天上にあり地上にあって「父」と呼ばれているあらゆるものの源なる父に祈る。

どうか父が、

その栄光の富にしたがい、

御霊により、

力をもってあなたがたの内なる人を強くして下さるように、

また、

信仰によって、

キリストがあなたがたの心のうちに住み、

あなたがたが愛に根ざし愛を基として生活することにより、

すべての聖徒と共に、

その広さ、長さ、高さ、深さを理解することができ、

また人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、

神に満ちているもののすべてをもって、

あなたがたが満たされるように、

と祈る。

どうか、

わたしたちのうちに働く力によって、

わたしたちが求めまた思うところのいっさいを、

はるかに越えてかなえて下さることができるかたに、

教会により、

また、キリスト・イエスによって、

栄光が世々限りなくあるように、アァメン。

エペソ人への手紙‬ ‭3:14-21‬ ‭JA1955‬‬


トップ 追記 RSS feed
2000|03|
2007|01|03|04|05|06|10|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|11|12|
2015|01|02|04|05|09|10|12|
2016|01|03|04|05|08|