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shinoのときどき日記


2012年12月01日(Sat)

『K2 非情の頂』ジェニファー・ジョーダン 著

K2 非情の頂―5人の女性サミッターの生と死(ジェニファー ジョーダン)

山の本にはまると徹底してはまってしまう人がたまにいる。おそらく、自分自身が登山に向かうというのとは別のベクトルで、山という舞台の中で、人々がどのように在ったかを、もっと知りたいという人間に対する好奇心から、その方向を伸ばしてゆく人がいる。

この本の著者もそうした一人で、山の本と出会ったのは、1996年のエヴェレスト大量遭難事故をもとにしたジョン・クラカワー『空へ』だそうだ。その中で、女性登山家が登山家として、とても低い位置に扱われているのに、それは正当な評価なのかという疑問を抱いた。著者はアメリカ人なので、男女平等や女性の自立を強く意識する風が強く、その感性において、特に96年の時に参加した女性登山家が悪し様に描かれているのに強い違和感を感じたのかもしれない。

また、純粋に女性として、「どんな女性が極限の状態に挑むのか?女性が超高所の山に行くというのはどういうことなのか?」という至極当然な疑問も抱いた。

そうして、ジャーナリストでもある著者は、本業のワークとしてこの課題に取りかかり、調査をはじめた。

情報を集めていくと、世界第二位の標高を持つK2には、当時まだ5人の女性登頂者しかいなくて、その内3人は下山中に死亡、また残りの2人も著者が知ったときには別の山で死亡していることがわかった。

そこで、著者はこの5人に的を絞り、資料を集め、関係者にインタビューをし、この本を書き表した。この本は、K2に登頂したことだけが共通項としてあるだけで、5人の多様な女性が描き出されている。ひたむきに山に挑む女性もいれば、ただ愛しい人と少しでも一緒にいたくてついていった女性もいるし、娼婦のように女性であることを利用して代価として山に登った女性もいるし、母としてこどもが居ながらも山に挑まざるを得ない苦悩をおった女性もいる。誰一人として同じではない。

それらの女性はこの人々だ。

  • ワンダ・ルトキェヴィッチ 1986年にK2登頂
  • リリエンヌ・バラール 1986年にK2登頂後、下山中に死亡
  • ジュリー・トゥリス 1986年にK2登頂後、下山中に死亡
  • シャンタル・モーデュイ 1992年にK2登頂。
  • アリスン・ハーグリーヴズ 1995年にK2登頂後、下山中に死亡

女性のK2登頂者は少ない。この後、この本の原著が印刷に入る直前に2004年にスペインのエドゥルネ・パサバンが登頂成功した知らせが入るまで、9年もの間、女性は登頂達成していない。

そして、その次は2006年、本書邦訳が日本で出版された年に奇しくも、わたしが先に読んだ小松由佳さんが飄々と登頂成功されている。この本を読むと、小松由佳さんの生還ぶりは、なおさら奇跡だと思う。また本書に登場する登山隊の女性が入ったことによるギスギス、ぎくしゃくした雰囲気を思うと、東海大学K2登山隊の和やかさもまた奇跡だと思う。東海大学登山隊の雰囲気のすばらしさが、小松由佳さんが生還できた大きなファクターだったに違いないとすら、勝手に思う。

ところで、わたしはこの本を今年の2月くらいに手にとり、一度、読むことに挫折した。それから、田部井淳子さん、今井通子さん、渡邉玉枝さんの本を読み、超高所登山と女性の世界をかいま見た。特に、渡邉玉枝さんの本に一瞬、この本の主役とも言えるワンダが登場し、去っていったエピソードがある。それによって、遠い異国の女性たちへのとっかかりが掴めた。

この本は、正直、万人向けではないように思えるけれど、でも、女性と登山を知りたいと思う者にとってはとても良い本だった。

K2 非情の頂―5人の女性サミッターの生と死
ジェニファー ジョーダン
山と溪谷社
¥ 2,520

Tags: 読書

小松由佳 写真展 「この大地に生きる」

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"小松由佳写真展「この大地に生きる」—西アジア遊牧民・牧畜民の世界ー"3号館4階文学部展示室11月20日(火)~12月1日(水)。

主催:東海大学文学部歴史学科考古学研究室;協力:東海大学校地内遺跡調査団。第258回 文学部知のコスモス展示会。小松さんが2009年~2011年に撮影されたシリア・イラク・イラン・パレスチナ・エジプト・イエメンの人々の生き生きとした写真が展示されています。

[小松由佳さんの写真展 - 春田晴郎(東海大学文学部アジア文明学科)の非公式ブログ より引用]

K2 に関する本を読んでいたら、タイムリーに上記の個展情報を得ることができた。最終日の今日、見に行ってきた。

行って良かった。山ではなく、主に人物を被写体とした写真展だったけれど、突っ込み方は鋭かった。

K2を登ってその後、カラコルムやヒマラヤの現地の人々と接しているうちに、小松さんは登ることに醒めてしまったようだ。

たとえば著名な登山家が、山の取付口に向かう時、ポーターとして雇った中にこどもが居る。自分は命がけとはいえ、やりたいこととして、山に登るのだけど、そのこどもは今日の糧を得るために、貧しい装備で、荷運びをする。一瞬、それで良いのかと迷いが浮かぶ。けれど、登山家はその迷いすら振り切って山に取り付く。わたしは、そんな話をいくつか読んだことがある。

小松さんは、そこで迷いを振り切らず、若い女性らしいしなやかな感性で立ち止まったのだ。そして、登攀具を今度はカメラに持ち替えて、垂直ではなく、水平に旅されるようになった。

シリア、イラク、ヨルダンなど、中東の砂漠に足を運び、厳しい自然の中、さらには、激しさを増しゆく情勢の中、そこで暮らす普通の人々を写す。笑顔もあれば、深い悲しみに茫然自失の顔もあった。

なぜ、どのように、その表情に小松さんは出会っていったのか。もっと話を読みたいと思った。

Tags: 山歩き

2012年12月02日(Sun)

『青春のヒマラヤ ナンガパルバットへの道』遠藤由加 著

はじめて遠藤由加さんのことを知ったのは、長尾(山野井)妙子さんについて触れられた書籍で、1994年チョー・オユー(8201m)のバリエーションルートを無酸素アルパインスタイルで登攀したという話だったように思う。遠藤、長尾ペアはトップクラスの日本人女性クライマーだということで、興味を持ち、この本を手にしてみた。

1989年上梓されたこの本は、遠藤由加さんが高校時代に初めて山に行ったところから、あれよあれよという間に山岳会に入り、そして、男性に負けないという固い意志をもって訓練を重ね、やがて登山家の伴侶を得て、さらに山にうちこみ、ローツェ(1986年敗退)、アコンカグア(1986年登頂)、K2(1987年敗退)、そしてナンガパルバット(1988成功)に挑んでいった話だ。

登山技術の読みどころとしては、低圧室を利用した高所順応訓練で、特に血液中のヘモグロビンや血清鉄の値や、最大酸素摂取量の測定などが興味深かった。トレーニンする過程でヘモグロビンや血清鉄の値のバランスが崩れ、貧血をおこし、それを休養や酸素などを使ってどう克服したか。また、突然、低圧室でのトレーニング中に酸欠を起こしたとき、記憶はどうとぎれるのか。そうしたことが書かれていた。低圧室のトレーニングはあまり詳しく書かれた記述をこれまで目にしたことがなかったので、珍しかった。

ところで、先にわたしは『K2 非情の山』を読んだのだが、K2に女性が初登頂した年に2人の女性が下山中に亡くなっている。1986年のことだ。遠藤さんは翌年1987年にK2に挑んでいて、登山ルートの途中で一人の女性の遺体と出くわした。

遠藤さんの出会った遺体は、次のように記述されていた。

私は一瞬、その色の鮮やかさに言葉を失い、自分の心臓の音が聞こえたような気がした。その二本の黄色い棒は、ちょうど“ラクスファー酸素ボンベ”のように見えた。しかし、そんなものではなかった。まぎれもなく人間の足だった。(略)私の知らない、その人のすぐ上を登るとき、金色の髪とウインドヤッケが揺れていた。(略)その人は女性だった。手袋もつけずにロープにからませた手の指には、銀の指輪がはめられていた。世界第二位の高峰に自力でたった後、ここで力尽きたのだ。そして今日までの一年近く、こうしてここで一人でいるのだ。

[『青春のヒマラヤ』pp157-158より引用]

これは…どなたなのだろうか。『K2 非情の山』では1986年に下山中に亡くなった女性の一人は、遭難から一ヶ月後に滑落した遺体が発見されギルギーケルンに埋葬されている。もう一人の女性は、高所で吹雪に閉じこめられテントの中で亡くなり、仲間がその手を胸の上に組ませて、切り裂いたテントの布地を遺体の周りにかけたという記述がある。そのご遺体だろうか。その女性は途中で手袋をなくしたという記述もあるので、そうなのかもしれない。

ただ、最後の状況が、胸の上に手を組まされて切り裂いたテント布をかけられ安置されたというのと、ロープを手に絡ませてビレイポイントの真上にいるというのは、かなり食い違いがある気がする。もしかしたら、『K2 非情の山』はあまりになまなましい最後に触れた人が、最後を脚色した可能性もあるな、と、思った。

(追記) コメント欄にて、ご遺体の女性は86年に死亡したまったく別の女性のムロフカでは、というご指摘がありました。本が手元にないので、また後日、確認してみます。 2013/06/25

青春のヒマラヤ―ナンガパルバットへの道
遠藤 由加
東京新聞出版局
¥ 1,325

K2 非情の頂―5人の女性サミッターの生と死
ジェニファー ジョーダン
山と溪谷社
¥ 2,520

Tags: 読書

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Tags: iPod touch

2012年12月04日(Tue)

iPod touch にegg shellをつけた。

【国内正規品】TUNEWEAR eggshell for iPod touch 5G スモーク TUN-IP-000214

アルミ筐体のiPod touch 5thは傷つくと塗装がどんどん禿げてきてしまうので、egg shell のカバーをつけた。

カバーの他に、iPod touch 本体を立てるクリップストラップがついていたので、これも装着。しばらく使い勝手様子見だ。

最近、iPod touch にApple Wireless KeyboardをBluetooth接続して、ATOK Pad で日記など長文を書いていることが多いので、自立クリップがうまく使いこなせれば、いいのだけど、今のところぶらぶらぶら下がってて邪魔なだけ。持ち方に工夫はないかな。

【国内正規品】TUNEWEAR eggshell for iPod touch 5G スモーク TUN-IP-000214

TUNEWEAR
¥ 1,427

Apple Wireless Keyboard (JIS) MC184J/B

アップル
¥ 6,090

Tags: iPod touch

2012年12月05日(Wed)

『エベレストから百名山へ ヒマラヤから教わったこと』重廣恒夫 著

エベレストから百名山へ (光文社新書)(重廣 恒夫)

重廣恒夫さんである。本書は主に1970年から90年代のヒマラヤやカラコルムでの海外遠征登山がメインで、タイトルの百名山の章は最後の一章だけだ。海外遠征目当ての人は安心して読んで良い本だし、逆に百名山が目当ての方は肩すかしをくらうかもしれない。

わたしが初めて重廣さんのお名前を知ったのは、『初代 竹内洋岳』で、1995年、竹内さんが初めて登った8000m峰、マカルー遠征の隊長だったという話だ。そこでは重廣イズムという言葉が用いられ、徹底した戦略(タクティクス)でたくさんのポーターやシェルパを雇い、荷揚げを行い、登山する極地法の重鎮としてお名前が出ていたように記憶している。ちなみに、竹内さんはこの時、先発隊として道無き道(当時は今のようにGoogleMapsはなかった)でルートを探索し突き進むのは本当の冒険で楽しかったと、どこかのインタビューか何かで懐古されているのを見かけたことがある。

わたしは重廣恒夫さんは極地法オンリーの方かと思っていたのだけれど、この本を読んでみたら、時代の変遷とともに、極地法からアルパインスタイルから百名山連続123日登頂(1996年)までこなしていて、とても幅広い登山をされていることがわかった。特に、重廣さんの登山哲学には、山頂に至る未踏のルートを発見して自分で登っていく、冒険のようなものが絶対重要なのだということがわかった。

また、わたしはこの本を読むまで知らなかったのだけど、日本人のK2初登頂者が重廣恒夫さんだった。その時、1977年のK2初登頂には伝説の登山家、森田勝氏の下山事件があったという。また、1980年の重廣隊によるチョモランマ北壁世界初登攀時には、森田勝氏の最後に使われていたアイスバイルによって命を救われたりと、冒険活劇のようなエピソードもある。

この本では、第二次RCC系の登山家が数多く名前を連ね、硬派な登山家・登攀の系譜のようだった。Wikipediaを確認したがこの本のすべての登攀が掲載されていなかったので、目次にあげられている重廣恒夫さんが参加し、登攀や隊長を行ったものを時系列順にここに記しておく。

  • 1973 エベレスト南壁 第二次RCC隊エベレスト遠征
  • 1976 ナンダデヴィ 世界初、七千メートル峰の縦走
  • 1977 K2 日本人として初登頂
  • 1979 未踏峰ラトックⅠ峰(垂直の壁)
  • 1980 チョモランマ北壁、世界初登攀
  • 1984 カンチェンジュンガ縦走
  • 1985 未踏マッシャブルム北面とブロードピーク連続登攀
    • ブロードピークBCでポーランド隊のワンダやフランスのバーラル夫妻(1986 K2遭難)が一緒だった
  • 1988 チョモランマ/サガルマタ交差縦走(衛星中継有り、登頂日が決められたタクティクス)
    • 山田昇氏が一緒
  • 1991,92 ナムチャバルワ(ツァンポー河そば)
  • 1995 マカルー東綾(未踏の稜線を辿る)
    • 若手隊員に竹内洋岳氏がいた
  • 1996 日本百名山123日連続登頂
    • 企画名「山頂で会いませんか」ホームページで山行情報を公開
    • 利尻島で阿部幹雄氏の同行取材あり

新書という一般向けの書物ながら、8000m峰のあるヒマラヤおよびカラコルム山脈の概略地図や、各登山のルート概略図が丁寧に載せられているし、極地法やアルパインスタイルについてもエキスパートの視点からわかりやすく説明があるので、これからエベレストものや超高所登山の書籍に手を出そうと思う人には、入門書として良い本だと思った。

ただし、百名山については、もし実際に素人が重廣さんの真似をしたら途中で死んでしまうと思うので注意。(←返せばそんな滅多なことはヒマラヤエキスパートでないとできないという誉め言葉です。念のため)

エベレストから百名山へ (光文社新書)
重廣 恒夫
光文社
¥ 861

Tags: 読書

2012年12月06日(Thu)

ノロ対策に備えよう。

NHK のニュースを見ていたら、こんなことが書かれていた。

感染性胃腸炎の主な原因となるノロウイルスで、ことし新しい遺伝子変異のあるものが全国に広がっていることが確認され、専門家は「大きな流行を引き起こすおそれがある」と注意を呼びかけています。

[ノロウイルスに変異 大流行のおそれも NHKニュースより引用]

確か、生活団にいたころ、託児のこどもたちのノロ対策に、ハイターを用意しておいて、もし嘔吐があったときは、希釈して消毒液を作り、手袋を装着し、床などは消毒液をつけたぼろ布で拭き上げポリ袋などに密閉して廃棄、毛布などは漬け込むという指導をされた。また掃除にもハイターを利用した。

希釈の割合を忘れてしまったので、ウェブで調べたところ、花王の公式ページ知恵袋で次のことがわかった。

  • 嘔吐などの消毒液
    • 水1リットルにキャップ2杯でハイターを稀釈する(1000ppmの稀釈液ができたことになる)
    • 作り置きはできないので、都度作る
  • つけ置き、調理器具やトイレ掃除などの消毒液
    • 水5リットルにキャップ2杯のハイターを稀釈する(200ppmの希釈液ができたことになる)
    • 掃除などは5リットルは多いので2.5リットルとキャップ1杯

このために用意しておくと良いのは次のものだろう。

  • キッチンハイターもしくはハイター。ブリーチなどもある。塩素系漂白剤
  • バケツ (5リットル、1リットルのラインをあらかじめマジックで印つけておいても便利)
  • ぼろ布
  • ポリ袋
  • 100均の使い捨て手袋

たぶん、これを備えておけばいざ嘔吐という時、慌てなくてすむと思う。

また、ノロが警戒される間、日常のの掃除で、よく人の肌が触れるドアノブ(除く金属製)、電気スイッチ、トイレとキッチンのまないたや調理台などは、200ppmの希釈液を使って拭き上げておくつもりだ。

キッチンハイター 4901301017598/600mL

花王
¥ 157

ハイター 大 【HTRC8】

花王
¥ 268

Tags: 生活

2012年12月27日(Thu)

Google MobilizerとMercury web browserで長文テキストを快適に読む

Google MobilizerはInstapaperよりも文字化けしないで日本語テキストを変換できるが、文字サイズの大きさを調整することができない。Mercury Browserにはブラウザ側で文字サイズを調整する機能がある。

そこで、長文テキストを閲覧するのに、他のブラウザから見ているページをMercury Browserを起動して、Google Mobilizer経由で開くブックマークレットを入れてみた。

今はMercury Browserは無料版を使っている。

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Tags: iPod touch

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