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shinoのときどき日記


2015年02月07日(Sat)

ましかくプリント|30days Album™ を利用して、リアルで写真シェアしてソーシャルコミュニケーションをしてみた。

この10年、mixiやtwitterやinstagramなど、ウェブ上のソーシャルサービス空間で人と繋がって、テキストや画像、動画をシェアしてたのだけど、ここにきて、逆転の発想をしてみました。

つまり、リアルな付き合いのある人に、プリントした写真やテキストをシェアするのです。

スマホ(わたしの場合はiPod touchだけど)で写真を撮ってinstagramにシェアしても、見てくれるのはフォローしてくださってる方だけで、そして、ここ1年、わたしの新しいソーシャルな繋がりはリアルが多いし、その繋がりにある人たちとはウェブではなかなか繋がらない。そうした人にも写真やらテキストをシェアしたいなと思いました。

そうしたところに、こんな写真プリントサービスをtwitter経由で知りました。

ましかくプリント|30days Album™プリント | 30days Album™ http://30d.jp/tour/square

L版サイズの用紙に、instagramのようなましかく写真をプリントできるのです。下部に余白ができるので、何かテキストを書くこともできます。

さっそく、何点か風景や動物、花などの写真をピックアップして30枚ほどプリントして送ってもらいました。

そして、ある人には聖書のみことばを記したり、ある人にはその人が好きそうな風景を渡したり。

同じ写真でも、受け取る人によって反応が違ったりして、その違いにその人自身の個性を感じられます。その場限りの揮発的なコミュニケーションかもしれないけど、でも、ちょっと楽しいです。

ウェブで不特定多数に流す慣れた表現(写真とかテキストとか)を、今度はリアルで限られた人にシェアしてく。まるで時代の逆を行くような行為だけど、今のわたしは対面の場でそれぞれの相手を大切にしたいフェーズな気がしてます。


2015年02月20日(Fri)

ヘブル人への手紙13章20〜21節 祝祷

最近は日記に書くようなこともあまりおこらないので、 礼拝やいただいたメッセージでノートしておきたいことなども少しここに書きつけます。

永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死人の中から引き上げられた平和の神が、 イエス・キリストによって、みこころにかなうことをわたしたちにして下さり、あなたがたが御旨を行うために、すべての良きものを備えて下さるようにこい願う。栄光が、世々限りなく神にあるように、アァメン。 (‭ヘブル人への手紙‬ ‭13‬:‭20-21‬ JA1955)

この箇所は祝祷といって、礼拝の終わりに、礼拝に集った人々を祝福するお祈りに使われる聖句なのだそうです。けれど、わたしはこの聖句の祝祷を受けた記憶がなくて、「あれ?」と思ったら、ある教団では前夜式で、また別の教団では結婚式に、と、人の人生の大きな節目にある特別な式の時に用いられる祝祷のようです。(自分の結婚式とかの祝祷、忘れちゃったよ)。

「永遠の契約の血による羊」はクリスチャンのことで、「羊の大牧者」はイエスさまです。イエスさまご自身が、「わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている。 (‭ヨハネによる福音書‬ ‭10‬:‭14‬ JA1955)」と言っていて、そのイエスさまを主と信じてついて行けば「主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。 主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。 (‭詩篇‬ ‭23‬:‭2-3‬ JA1955)」と、導いてくださるのです。

もしも、いま、人生紆余曲折して正しい道と実感できなくても、イエスさまを信じるなら、神さまは平和の神さまでもあって、あなたを憩わせて、豊かな水辺で、渇いた魂に潤いを取り戻させて、あなた自身の中に平安をくださるんですよ。

感謝ですね。^_^


2015年02月21日(Sat)

静まりのための時間。修道院に一泊してきました。

わたしはプロテスタントのクリスチャンなので、滅多にない経験なのですが、修道院(カトリックの施設)に一泊できるプロテスタント系のセミナーがあったので参加してきました。

セミナー内容は聖書を読んで、しばらく各自その内容を受け止めてメモなどを記し、そのメモを静かに二回読むという分かち合いでしたが、同時にそれは人の話を聞くという訓練でもありました。遮らない、突っ込まない、質問をしないで人の話を聞くことってなかなか難しいものですね。

修道院の外庭には、渦を巻いた迷路があって、そこを外から内に向かってそしてまた内から外に向かって歩くことで、歩きながら祈り、黙想、観想することができます。中心は円ではなく四つ葉のクローバーのような形になっていましたが、これは四福音書をあらわすのでは…などと思いました。

また、修道院はマリア像にあふれているかと思ったら、むしろ、十字架にあふれていました。基本的に装飾は質素かつ簡素で、清潔で、明るい空間でした。何より自分の家庭の細々した雑事一切から切り離された空間に寝泊まりでき、聖書を読んで黙想し分かち合いできるのは、恵まれた感謝な時間でした。


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