2009年11月24日(Tue)
■ 創造するアーキテクチャ2の感想その2。 #afc2009
一日、創造するアーキテクチャ2を聞いて、時間がたって、もう少し書き足したいことがあったので、書いてみることにします。
今回の一番、熱いメッセージは、「なあ、おい、どう考えたって、高齢化社会の日本で、今の状況のままなんにもしてなかったら、日本はダメだろ。じり貧だろ。今ここで、何か考えようぜ」ってことだと思いました。
特に濱野さんのメッセージが熱かったです。
濱野さんのメッセージを、わたしなりに要約してみます。(いいですか?わたしなりに、なので、まったく発言ママではありません)
もう、政治家など「人」が国民の民意を得て合意形成をし日本という国を推進できる時代は終わった。インターネットが出現し、twitterなんてものも最近は出てきて、合意形成の新しい在り方がでてきたっていいだろう。特に注目したいのは、名無しさんクオリティだ。
2ちゃんねるにしろ、ニコニコ動画にしろ、Wikipediaにしろ、名無しさんによるコメントによって祭りや炎上が起こる。そこでイノベーションが起こっている。それをうまく吸い上げる仕組みを社会に仕込むのがいい。
8月に政権交代して、与党が自民党から民主党に変わったけれど、政党が変わったって、この日本の将来の暗雲は立ち去らない。そこに名無しさんクオリティによるイノベーションを注ぎ込むのだ。「人」がトップに立って民意を汲める社会はすでに終わっている。今、どこでイノベーションが起きているかといえば、たとえば初音ミク関連のコンテンツだ。誰も一銭の特にもならないのに、無私無欲で、初音ミクをプロデュースして、その作品を動画サイトに供給し、それがさかんにもてはやされる。
「人」がトップに立つ政治はもうダメだ。なぜなら「人」はこのネット社会においては、一人の人が、大勢の人の気持ちを受け入れるキャパシティを越えているからだ。ならば、初音ミクというキャラクタを政治のトップに持ってくるのだ。そうすれば、ぽかっと開かれた初音ミクという祭壇に、日本の多くの名無しクオリティのプロデュースパワーが注ぎ込まれ、日本は活性化するのではないか。
一応、ここで、中西先生と江渡さんからストップが入っていたようにも思います。
中西先生曰く、「初音ミクを政治にしてしまうと、おもしろくなくなって、みんなそっぽを向いちゃうんじゃない?」
江渡さん曰く、「その初音ミクの構造は、別に従来の、政党と議員の構造と変わりがないように思う。濱野さんの言う初音ミクが現在は政党で、プロデューサは議員でしょ」
ここで、わたしなりに濱野さんが言わんとしていることを、置換してみたい。
一日、いろいろ考えて、はたっと気づいたんだけれど、濱野さんの提案は、ティム・オライリーの言う「政府(ガバメント)2.0」の考えに近いのではないか、と。
- ティム・オライリー特別寄稿:ガバメント2.0―政府はプラットフォームになるべきだ
- Gov 2.0: The Promise Of Innovation - Forbes.com
- オライリーが新たにしかける「政府2.0カンファレンス」 - YAMDAS現更新履歴
- 「プラットフォームとしての政府」が意味するもの | WIRED VISION
ガバメント2.0は、何かというと、上記のテキストから要所を箇条書きにするとこうらしい。
- ガバメント2.0とは何か?
- 多くの人が「政府が政策をPRしたり市民の公共分野の活動への参加を促したりするためにソーシャル・メディアを利用すること」を考えている
- また、別の人々は「政府の透明性を高めること」と考えている
- ガバメント2.0を成功させるには、政府がプラットフォーム化しなくてはならない
- 政府のプラットフォーム化とは何か?
- 重要なのは政府がもつデータライセンスよりも、良いアイディアを構築する誰でもがコミット可能なオープンなプラットフォームを提供すること
濱野さんの言う、初音ミクは、オライリーの言う政府のプラットフォーム化の比喩なのではないだろうか。
また、上記の寄稿文は書かれてないのですが、「政府2.0カンファレンス」でオライリーは、老子の言葉を引用してスピーチをくくったようです。
RT @kimkeio: "When the best leader leads, the people say `we did it ourselves`" Lao Tzu。O'Reilly、老子の言葉で締めくくりやがったぞw #Gov20Summit 10:16 PM Sep 8th
これについてちょっと解説します。この老子の引用箇所は、日本語でよくわかりやすいのは、加島祥造氏の『タオ-老子』の17章です。ここに引用します。
第十七章 最上のリーダーとは
道と指導者のことを話そうか。
いちばん上等のリーダーってのは
自分の働きを人びとに知らさなかった。
その次のリーダーは
人びとに親しみ、褒めたたえられ、
愛された。
ところが次の時代になると
リーダーは人々に恐れられるものとなった。
さらに次の代になると、
人びとに侮られる人間がリーダーとなった。
ちょうど今の政治家みたいにね。
人の頭に立つ人間は、
下の者たちを信じなくなると、
言葉や規則ばかり作って、それで
ゴリ押しするようになる。
最上のリーダーはね
治めることに成功したら、あとは
静かに退いて静かにしている。
すると下の人たちは、自分たちのハッピーは暮らしを
「おれたちが自分で作り上げたんだ」と思う。
これがタオの働きにもとづく政治なのだ---
これは会社でも家庭でも
同じように通じることなんだよ。
[『タオ-老子』加島祥造 p.65-67より引用]
ちょっと長い引用になりましたが。
オライリーは政府2.0で、政府の在り方として理想のものに、老子のそのような思想をあげているのですね。政府がプラットフォーム化しろ、というのは、人々に自由闊達な社会を自ら築き上げていくと思わせる装置をそこに置け、と、言っているのだと思う。
そして、濱野さんが初音ミクを党首なり政党なりにしようと発言したのは、下の人たちが、自分たちのハッピーな暮らしを「おれたちが自分で作り上げたんだ」と思う、そんな風にするための、仕掛けとしてのリーダーとして置いたようにも思えましたが。どうでしょう。
